8-9 時を進められた魔女

 エイミーの背中に刻まれた魔法陣の構造は、五段階になっていた。

 使われている言語はそれほど古くない。ざっと目を通すだけで、その内容をおおよそ把握できた。


わらわの知っている言葉と少し違うの」

「あぁ、そうか──」

 

 五百年前とは違うよなと言いそうになり、俺は口を噤んだ。

 エイミーはビオラが封印から解き放たれたという話を知っているようだが、暴食の魔女だということまで知っているとは限らない。それなら、あえて情報を与えてやることもないだろう。


「エイミーの魔力は、この魔法陣を動かすのに使われているようだな」

「そうじゃの。青の魔女では、五段階もの術式を常に動かすので精いっぱいじゃろう」

「体をめぐる魔力を回収、増幅、圧縮、蓄積をした後、放流を自動的に行うよう組まれているな」

「放流? あぁ、これは循環もさせておるのか。それで魔力が尽きないのじゃの。上手いこと組んでおる」


 感心するビオラは、蓄積を現す魔法陣を指さした。

 

「これから胸の石には繋がっておらんの」

「あぁ、蓄積場所は七つ……だいぶ分散しているな。頭部、眉間、喉、心臓、胃……これは腹部、子宮か?」

「東方の魔術に伝わるチャクラというやつかの?」

「いや……これは、無理やり魔法だ」


 気づきたくもない術式に気づいた俺は、肩越しに振り返ったエイミーの驚いた顔を見て寒気を感じた。

 エイミーは十四だと言った。だが、この魔法陣によって成長を速められている。何年で二十歳近い見た目になったのか。考えれば考えるほど、恐ろしい話だ。


「より多くの魔力を引き出すために、脳や内臓を活性化させている。その結果、人より早く成長しているんだろう」

「その通りです! はぁ、やっぱりラスさんは凄いです。見ただけで解けちゃうんですね」

「十四歳って言ってるのも……その体に合わせての年齢か?」

「それは本当です。先日十四になったばかりです」

「なら、この魔法陣を刻まれたのは、いくつの時だ?」

「十一を迎える前だったので、三年前くらいですね」


 つまり、三倍近い速さで成長していることになる。もう二十歳近い見た目ということは、このままでは老化する一方になるのか。


「エイミー、お前が時の魔法を調べているのは、その成長を遅らせるためか?」

「そうです。だって、このままじゃ、二十年後にはお婆ちゃんになっちゃいますから」

「……わらわに近づいたのは、そういうことじゃったか」


 真剣な顔で魔法陣を睨んでいたビオラは眉間にシワを刻むと、そっとエイミーの肌に指を触れた。


「申し訳ないがの……妾もどうして幼女になったか、分からんのじゃ。その手掛かりを探しに亡国ネヴィルネーダを目指しておる」

「……そうでしたか」

「エイミーの場合、魔術が循環しておるのも問題じゃの」

「あぁ、外から別の魔法で干渉しても、一時しのぎにしかならないだろうな」


 長い睫毛まつげを揺らし、視線を下げたビオラは小さく頷いた。その直後だ。


「一時しのぎでも良いです!」


 エイミーはその豊かな胸を揺らして勢いよくこちらを振り返った。


「こ、これ、エイミー!」


 慌てたビオラは、ベッドの毛布をエイミーに押し付けたが、期待に目を輝かせた彼女は半裸のまま俺に顔を近づけてきた。

 豊満な女の体に反応して赤くなるような初心うぶな十代ではないが、さすがに目のやり場には困るな。


「この魔法、一時的にでも遅らせられますか!?」

「今すぐは無理だが、やりようはあると思うぞ。お前の体を活性化させている七つの魔力を貯蓄する場所に干渉する仕組みを組んで──」


 そこまで言い、はたと気付いた。

 この魔法は永続的に続くよう肌に刻まれているが、外から干渉出来るように術式を組んでビオラにかければ、成長させることが可能なんじゃないか。


「ラスさん?」

「どうしたのじゃ?」

「あ、いや……とにかく、師匠を見つけて引っ張りだそう。あの人なら、何とかしてくれるだろう」


 師匠頼みになるのは少しばかりしゃくにも思うが、俺はビオラのことで手一杯だ。

 ちらりとビオラを見ると、ほっと安堵のため息をついていた。


「とりあえず、お前は服を着ろ。今の目的がネヴィルネーダ王城に変わりはない」

「あ、はい、そうでした!」


 脱いだシャツを拾い上げたエイミーはいそいそとそれに手を通した。小さなボタンに指をかけ、ふとビオラを見る。


「魔女さんの魔法は、外からの干渉なんですよね?」

「そうじゃ。まったく意味の分からぬ魔法陣が組まれておっての。それを解かねばならんのじゃ」

「外からの干渉なら、別の魔法で打ち消すことは無理なんですか? それこそ、私に使われている魔法で」


 小首を傾げたエイミーは、俺が考えていたことと同じようなことを口にした。

 目を見開いたビオラは俺を振り返る。


「俺も今、考えていた。やってみる価値はありそうだが……」


 問題は術式を組んだのがビオラの師マージョリー・ノエルテンペストだってことだろう。文献にも名が残っていない鬼才だ。外からの干渉を拒む仕組みを組んでいるかもしれない。それが悪い方向に干渉したらと考えると、俺にはそれを試す勇気はなかった。


「ふむ、面白そうじゃ。やってみるかの!」


 しかし、にやっと笑ったビオラは、エイミーに再び魔法陣を調べさせて欲しいと願った。

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