8-7 「じゃじゃ馬とは何じゃ、じゃじゃ馬とは!」

「俺は、弟子を取る気はない。まだ気楽にいたいしな」

「それでしたら、この話はなかったことに」

「お主ら、何故なにゆえそう結論を急ぐのじゃ!」


 備え付けの魔導式ケトルに水を入れながら、インスタント珈琲の瓶を取り出した俺は、頬を膨らませるビオラにため息をついた。


「どうしたら、そういう話になるんだ? まず、経緯を説明しろ」

「うむ。エイミーに聞いたところ、今の環境で満足しているのは魔法の研究が出来る点だというのじゃ。工学とやらにはさほど面白みを感じておらんそうでな」


 ほっと安堵した表情を一瞬見せ、かいつまんで話すビオラはエイミーを見上げた。


「そうですね。武器を作るために出された課題をこなし、そこにどう魔法を応用して術式を組み込むかを考えるのは楽しいですけど……武器が作りたいわけではありませんね。出来ることなら、まだ知らない魔法や遺物探しに出てみたいです」

わらわもその気持ちはよく分かるのじゃ」


 うんうんと頷くビオラは「そこでじゃ」と話を進めた。


「ラス、お主の工房で学ぶのが良いと思わぬか? あそこにはお主の師アドルフの残した研究もたくさんある。きっと、エイミーが喜ぶものがたくさんじゃ!」

「おいおい、お前はまた勝手に……」

「遺跡に行くのであれば、今の時代はきちんと学び、魔術師の等級とやらを上げねばならんのじゃろ?」

「……まぁ、そうだが」

「であれば、せっかく魔力を手に入れたエイミーが、組合から追われることなく魔法を学ぶには、誰かと師弟関係になるしかなかろう」

 

 二人が下で話してきた内容が見えてきたぞ。

 ビオラがエイミーをレミントン家から引き離そうと考えているのは明白だ。俺にも、エイミーが自分の意思で家を出たいと言えば、手を貸すのは可能かと尋ねていたからな。


 レミントン家よりも魅力を感じる環境を与えられたなら、それも可能ではと考え、俺の弟子という形を取らせて家を出奔しゅっぽんさせようと思ったようだ。

 そこに、俺の意思はないのかよ。


「ラスさんのお師匠様が、鬼才アドルフだったとは知りませんでした! ぜひ、その蔵書を拝見したく思います」


 なるほど。エイミーは家に固執している訳ではなさそうだ。幽閉されていたと言っていたから、彼女の外に関する知識は幼児以下で、学べる環境というものを知らないのかもしれない。


 魔導式ケトルが湯気を上げ、沸騰を告げる音がピーッとなった。


「駄目だ」


 スイッチを切った俺は、ビオラの「何故じゃ!」と言う怒りの声にため息をつき、備え付けのカップにインスタントコーヒーの粉を落とした。


「俺はエイミーを認めてはいない。今、こうして行動を共にしているのは利害が一致しているからだ。魔術師組合ギルドから捕縛の通達が出されている以上、弟子にすることは、俺にとってデメリットでしかない」

「頭が固いの! それを何とかしてじゃの」

「ビオラ、俺はお前の面倒を見るので精いっぱいだ。じゃじゃ馬を二人も抱えて生活するのは、いくらなんでも無理だ」

「じゃじゃ馬とは何じゃ、じゃじゃ馬とは!」


 テーブルを小さな手でバンバンっと叩いたビオラは頬を膨らませた。だが、俺の言いたいことも分かっているようで、それ以上は言い返してこなかった。

 二つのカップにお湯を注ぎ入れ、エイミーに砂糖はいるかと尋ねると、彼女は三つでと言った。

 湯気を上げる黒々とした珈琲に、白い角砂糖が三つ落ちた。


「ビオラ、エイミー、物事には順序ってものがある。それは分かるか?」


 俺が質問を投げると、二人は異口同音に「はい」と答えた。

 砂糖の入ったカップをエイミーに突き出し、俺はもう片方に口をつける。その味は、コーヒー豆から丁寧にドリップされた一杯とは異なり、まるで香りが薄かった。

 紅茶のティーバックにしておくんだったんな。そんな後悔を抱きながら、俺は息を吐いた。


「まず、エイミーは組合に連れて行く。そこで、きちんとレミントン家の悪事を喋ってもらう。お前は家にいい様に使われていたことを話せ。自分の意志ではなく、ことにしてな」


 ビオラとエイミーが顔を見合わせた。


「おそらく、組合はそれを証明させるため、レミントン家の抱えている工場こうばなり会社なりの壊滅依頼を出してくるだろう。あそこは無認可で魔導式武器を生産しているから、組合として好都合だ」

「それを潰せば、エイミーはもう武器を作らなくても良いのか?」

「そうなるだろう」


 キラキラと目を輝かせたビオラは、エイミーを仰ぎ見た。


「ルールに従わない者に対する組合の制裁は厳しい。エイミー、お前が生き残るには組合に従うしかないだろう」

「それでは自由とは言えないではないか!」

「そうだな。違法なレミントン家の籠の中で生きるか、組合という後ろ盾にもなる籠の中で生きるか……選ぶのは、お前だ」


 選択肢を突きつけると、エイミーは首を傾げた。


「組合に従えば、私はラスさんの弟子になれるのですか?」

「それはない。さっきも言ったが、俺はビオラを預かることで手一杯だ」

「でしたら──」


 今の環境で研究を進めている方がマシだと言うように、エイミーはかぶりを振った。


「最後まで、話を聞け」

「はい?」

「お前を、俺の師アドルフに紹介することは出来る。あの人なら、お前を喜んで弟子にするだろう」

「なんと! それは良いの!」


 俺の提案に、真っ先に歓喜を上げたビオラは笑顔で、エイミーに飛びついた。しかし、当の本人は予想外だったのだろう。硬直して言葉を失っていた。

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