第七章 海洋都市マーラモード

7-1 出会いと別れが行き交うマーラモードの乗船場の夜は更ける。

 落ちた遺跡カデーレ・ルイーナで起きた一件の聴取がロックバレス魔術師組合ギルドで長引き、海洋都市マーラモードに戻ったのは一週間後となった。

 今、俺たちは乗船場で、照明に大きな船体を照らされる旅客船を横に見ながら向かい合っている。

 ここは乗船前の魔導式車両の待機場だ。


 唐突に、深く頭を下げたのはマイヤーだった。彼の後ろには、すっかり見慣れた小型の魔導式トラックがあり、助手席には少し口を尖らせた末っ子レムスの姿がある。


「短い間でしたが、お世話になりました」

「本当に、金は大丈夫なのか? 貸してやるぞ」

「ロックバレスでの滞在費用まで出してもらったのに、これ以上は甘えられません。それに、三等席の片道切符ですから」

「あれはこっちの都合もあったし、組合が出すから気にするな」


 顔を上げたマイヤーは、お言葉に甘えますと苦笑すると、遠くから聞こえた声を振り返った。大きく手を振って走ってくる次男オーソンの手には、チケットらしいものが握られている。


「三等席、取れたっす」

「……何で取ってくるし」

「帰るためだろうが」

 

 不満そうなレムスの頭を軽く叩いたオーソンは、乗船チケットをマイヤーに渡した。それ受け取ると、彼は静かに息を吐き、再び俺たちに向き直る。


「親御さんに、連絡入れたのか?」

「はい。昨夜、ロックバレスから連絡しました。そしたら、怒鳴られました」

「そりゃ、良かったじゃないか」


 ばつの悪い顔で言いながら、どこかほっとした顔をするマイヤーに、思わず笑ってしまった俺に、彼も頷いて笑う。

 

「明日の朝には、向こうに着くな」

「そうですね……」

「ほら、持っていけ」


 持っていた紙袋を突き出し、マイヤーの胸に押し付けると、彼は反射的にそれに手を添えた。


「これは……?」

「餞別みたいなもんだ」

「あ、ありがとうございます」

「そこのパン屋のパンで悪いが、食ってくれ。少しは足しになるだろ?」

「兄貴……兄貴に会えて、良かったです。じゃなかったら、俺ら、まだ帰る決心も出来ずバカなことしてたと思うんで」

「俺に恩を感じるなら、その分、家業をしっかり継ぐんだな」

「そうじゃ! わらわが遊びに行ったときは、そのトラックを花でいっぱいにしてたもれ」

「お嬢のために、美味いもんも、たくさん用意するっすよ」

「ラス、今すぐ行こうではないか!」

「駄目だ。やることが山積みだろうが」


 オーソンの言葉に目を輝かせたビオラだったが、俺が即答すると、唇を尖らせて不満そうな顔をする。

 そのいつもと変わらない様子に、泣き出しそうな顔をしていたマイヤーは大きく頷いて目頭を擦ると「待ってますね」と言って笑顔になった。

 

「俺は恩なんて感じてないし!」

「レムス、いい加減にしないか!」

「そういや、反抗期真っただ中のガキがいたな」

「ガキじゃねぇし!」

「ま、家が嫌になったら俺を訪ねてこい」


 そう言ってやると、目を見開いたレムスは何か言いたそうな顔になって俺を見てきたが、開きかけた口をすぐ閉じてしまった。

 反抗期ってのは面倒だな。俺もああだったんだろうけど。その思いは、マイヤーとオーソンも同じようで、二人は困った顔を見合わせている。


散々扱き使ってやるぜ。賃金なしでな」

「なんだよ、それ!」

「飯食わせてもらえるだけありがたいと思え! 使える様になったら、小遣いくらいはくれてやっても良いぞ」

「ふざけんなし! ぜってー行かねえし!」

 

 そう言いながら、目に涙を浮かべたレムスは、ぷいっとそっぽを向いてしまった。

 揶揄からかいすぎたかと思うが、湿っぽくなるよりは良いだろう。そんなことを思っていると、ビオラが俺の手を引っ張って両手を差し出した。これは抱き上げろという合図か。

 仕方なしに抱え上げると、トラックを指さした。

 

「レムス、お別れじゃの」

「……じゃぁな!」


 こちらを振り向こうとしないレムスの頬に、ビオラは小さな瓶を押し当てた。


「妾からの餞別じゃ」


 振り返ったレムスは驚愕の顔のまま、小瓶を受け取る。その中には、色とりどりの小さな飴が入っていた。


  ***


 バイクのシートの上で出港した大型客船を眺めながら、ハムとチーズを挟んだベーグルを食べていると、ビオラが少し寂しそうな声音で話しかけてきた。


「行ってしまったの」

「そうだな」

「レムスくらい残しても良かったのではないか?」

「これ以上、ごくつぶしはいらねぇよ」

「ごくっ……それは妾のことかの!?」

「さぁて、腹ごしらえも済んだし、ぼちぼち家に帰るか」

「ラス、答えになっておらん!」


 空になったベーグルの包みをくしゃくしゃに丸めて紙袋に入れると、それをビオラに放り投げた。

 ビオラは怒りながらも、クリームチーズとジャムを挟んだベーグルを手放さず、文句を言う合間にそれを食べている。まったく器用なもんだ。

 少し冷めた珈琲を飲みながら、暗い海を行き交う船の明かりを眺めた。あいつらも今頃、パンを食っているだろうか。

 

「ビオラ、食い終わったか?」

「まだじゃ」

「なら、残りは家で食え」

「……そうじゃの。シルバにはよう会いたいしの!」

「そうだな」


 しみったれた空気は好きじゃない。

 生きてさえいれば、また会うこともあるだろう。それこそ、色々落ち着いたらルナトゥム島に行ってもいい。


「ん? 何か言ったかの?」

「いいや、何でもない。さぁ、帰るぞ!」


 ビオラの頭にヘルメットをかぶせ、その上を軽くポンっと叩くと、顔を見合わせた俺たちはどちらともなく笑い合った。

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