3-8 ジョリーのことは本当に頼りにしている。

 工房が吹き飛んだと言った俺の言葉を信じられないようで、ジョリーは硬直している。まぁ、あの工房のことをよく知っているのだから、当然か。


 俺の店や工房は、師匠から引き継いだものだ。

  建物はそこそこ古い木造建築だが、そこらの鉄筋ビルよりも頑強な作りになっている。師匠が俺以上に危険な依頼を引き受けていたからだ。


 工房の修繕は日頃から行っているし、様々な強化魔法や防御魔法が常に発動する術式を床下に組み込んでいる。それらは師匠お手製オリジナルの術式で、魔力は大地から供給されている。

 当然だが、そこらの民家にはない。端的に言えば、要塞や城に使われるような魔術で防御してる、とんでもない代物だ。


「師匠の術式がなければ、店全部が吹っ飛んでただろうな」

「どでかい魔攻ミサイルでも撃ち込まれたのかよ?」

「いや……鏡の解除に失敗した」


 俺の言葉にジョリーは目を見開き、しばらく言葉を失うと、少し伸びすぎた前髪を無造作にかき乱した。

 

「だから言っただろう! 代替ダミーの魔法石で大丈夫なのかって。お前、下手したら死んでたぞ!」

「ジョリー、お前が心配してるのは鏡だろう?」

「あのなぁ……鏡は欲しい! けど、幼馴染おまえのことだって心配してることくらい、分かれよ」


 真顔になったジョリーは瞳に怒りをにじませていた。

 俺とジョリーは兄弟のように育った。だから、無茶をすればお互いに心配をする間柄ではある。しかし、ここまで怒りを滲ませるほど心配をされるとは思っていなかった。そもそも、俺が多少危険な仕事を引き受けるのは今に始まったことではない。それをジョリーも分かっていると思っていた。


 何と返して良いか分からず、いくらかの間が開いた後「悪かった」と返せば、大きな手が背中を叩いてきた。


「まったくだ……それで、俺に頼みってのは何だ?」


 腕を組んでため息をついたジョリーは、口元を緩めた。どこか、仕方がないなというような呆れ顔だ。

 

「……色々ストックしていた魔術に使う材料や機材もダメになった。それらを安く手配して欲しい」

「それくらいなら構わないが」

「あとは工房の窓や壁だ」

「さすがに建て直しは、解体ジャンク屋の領分じゃないな」

「知ってる。だから、安くやってくれるとこを紹介して欲しい」

「そういうことか。分かった」


 お安い御用だと言って笑顔に戻ったジョリーは、俺の肩に手を置くと、柔らかく叩いてきた。


「ところで、鏡は無事だよな?」


 そうこないと、ジョリーらしくないよな。

 小さく笑いを零した俺は、鏡には傷一つ付いていないことを伝えると、安堵したらしいジョリーもまた笑顔を見せた。そして、同じようなタイミングで吐息をつくと互いの顔を見合った。

 可笑しさが込み上げ、同時に噴き出して笑っていると、騒ぎに気づいたビオラとリアナが開いたドアから顔を出した。

 二人の口には砂糖の粉がついている。それを見た俺たちは、さらに腹を抱えて笑うことになった。

 

 ***


 サイドカーに乗るビオラは小さな紙袋を大切そうに持っている。ジョリーのところでリアナと一緒に食べていたドーナツが随分気に入ったらしく、帰り際にお裾分けだと言われ貰ったものだ。

 飛び跳ねて喜ぶのを見て、リアナは微笑ましそうに笑っていた。

 さて、あの喜びようはだったのか、本質なのか。


 海が見渡せるパーキングにバイクを停めると、ビオラは歓喜の声を上げた。

 まだ夏前ということもあり、浜辺にいる人影はまばらだが、サーフィンや犬の散歩をする人が点在している。

 あと一ヵ月もすれば、海水浴場としてこの辺りは賑わうだろう。散歩をするには、今時期が丁度いいかもしれない。

 少し湿った海風に揺れる前髪をかき上げ、俺は深く息を吸った。


「凄いの! キラキラしていて綺麗じゃ!」

「荷物があるから、今日はここから見るだけな」


 せっかく買った衣服や靴が海水まみれになったら目も当てられない。それに、どうせ来るならもう少し気温が上がった頃の方が良いだろう。と、そこまで思ってふと気づいた。

 はたして、ビオラをダグラスに引き渡したら、再びこうして過ごせるのかと。

 

「海の水がのを確かめようと思うてたのにの」


 つまらなそうに口を尖らせたビオラは、赤い靴を脱ぐとこれでもダメかと聞いてきた。

 俺が曖昧に笑うと彼女は諦めたのか、サイドカーに積んでいた紙袋に寄りかかった。

 紙袋がガサっと音を立てる。

 

「また今度な」

「むー……約束じゃぞ?」


 約束かと心の内で呟き、苦笑を見せた俺はバイクのキーを摘まむ。

 もしかしたら、次はないかもしれない。そうなったら、ビオラは悲しい顔をするのだろうか。

 しばらく指先を見つめた後、キーを抜いた。


「ラス、どうしたのじゃ?」

「海に入らないで砂浜を歩くくらいなら、良いかと思ってな」

「良いのか!?」

「その代わり、海水を舐めるのはなしだ」

「仕方ないの。そこは次の機会にしよう」


 次の機会があれば良いのだが。そう口にすることは出来ず、ビオラをサイドカーから降ろすと、紙袋をぶら下げて砂浜に向かった。

 真っ赤なスカートを揺らし砂地に足をとられながら、ビオラは面白そうに笑っていた。

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