2-11 傲慢な幼女にへっぽこ呼ばわりされる覚えはない!

 ぶかぶかの赤いドレスに埋もれた幼女は、そこから小さな顔を出している。そのすぐ横に腰を下ろした銀狼のシルバは、見つけましたと言わんばかりに、得意げな眼差しを俺に向けていた。

 何が起きているのか。

 封印を解除した直後、恐ろしい魔力を放ったあの女が消え、この幼女が残されている。まさか、同一人物だとでも言うのか。


「そこのへっぽこ魔術師!」


 幼女は再び俺をと呼んだ。

 なんとも傲慢ごうまんそうな、いかにも貴族の娘と言った雰囲気をかもし出しているが、見た目は五、六歳。感じる魔力もさっきの化け物のような女とは天と地の差だ。


「あーと……お嬢ちゃん、誰だい?」

「それが人に名を尋ねる態度か? それに、わらわを見下ろすでない!」


 ごそごそと長い袖を引き抜いて胸元で結んだ幼女は、ふんすと鼻息荒く言い放った。


「……俺はこの店で魔法具の修理や解読、解除を引き受けてる魔術師のラスだ」

「ふむ。妾はビオラじゃ。ラスとやら、この鏡の封印を解いたのは、お主で間違いないな?」

「そうだ。強烈な女が出てきたんだが、その女はいない。で、あんたがここにいる。どういうことだ?」


 ビオラと名乗った幼女はドレスの上に落ちていた鏡を手に取った。


「その女は妾じゃ。このへっぽこが!」

「……は?」

「呼び覚ますなら、完全に封印を解かぬか!」


 すくっと立ち上がったビオラは、小さな手を見てふるふると震え出した。


「なぜ、妾がこのような姿に!」


 地団駄じだんだを踏み、声を荒げる姿に迫力は欠片も感じられない。

 この幼女が、あの女と同一人物だと、どうして信じられるか。魔力だってケタ違いだ。あれはもっと深く、混沌としたものだった。比べてビオラの魔力は真っ白で、まるで赤ん坊のような純真無垢さだ。

 しげしげと見ていると、ビオラは不愉快そうに目を細めて俺を見上げてくる。


「人が封印されていたのを解除するのは初めてか?」

「いや、何度かあるが……あんた、なんでそこに封じられてたんだ? どこぞのお姫様で、逃げるために封じられたってとこか?」


 俺の質問に、ビオラは目を丸くして驚愕した。


「この鏡が何か知らんで、封印を解いたのか?」

「まぁ、頼まれたからな」

「お前は頼まれれば、何でもやるのか? バカか!」

「おいおい、酷い言い草だな。こっちは仕事でやってんだよ。ちゃんと報酬をもらってな」

「成程、そういう商売ということか。ただのへっぽこ魔術師ではなさそうじゃの」

「さっきから、俺を見くびりすぎじゃぁないか、お嬢ちゃん?」


 腰を下ろし、ビオラと視線を合わせるようにして、俺は杖の先で床に書き込んだ魔法陣を叩いた。

 まだ魔法陣は発動している。つまり、ここは俺の魔力が最大限に及ぶ領域だ。目の前にいる幼女程度の魔力など雑作もなく捻じ伏せることが出来る。


「ふむ、そのようじゃな。今の妾では、お主に敵わないことを認めよう」


 相変わらずの態度のでかさで、ビオラは不敵に笑った。


「だが……本来の姿であれば、消し飛ばすことは雑作もない」

「本来の姿?」

「見たであろう? このドレスをまとった女を」


 大きなルビー色の瞳を輝かせ、真っ赤なドレスの裾を掴んだビオラは自慢げに「あれが妾じゃ」と言った。

 信じたくはないが、おそらくそういうことだろうと予測はしていた。そう驚くこともなく、やっぱりなと冷めた気持ちでビオラを見て「そうか」と頷くと、彼女は不愉快そうに唇を尖らせた。


「ちょっとは驚け。面白味のない男じゃ」

「……あー、あの女とお嬢さんが同じ人物なんて、驚きですねー」


 完全に棒読みでそう言えば、ビオラは頬を膨らませて怒りをあらわにする。いや、どんなに怒っても、怖くもなんともないんだが。

 

「つまらぬ!」

「……で、あんたはどうして、鏡に封じられてた? 何か悪さをして封じられたのか?」

「妾をそこらの罪人と一緒にするでない」


 むっとした顔を一度、俺に近づけたビオラは、たたずまいを正した。


「妾はネヴィルネーダ王の寵姫ちょうきビオラ」

「ネヴィルネーダ……?」

「そうじゃ。愚民どもは、妾を暴食の魔女と呼んでおったの」


 暴食の魔女という言葉に思わず反応し、目を見開く。

 俺の反応が気に入ったのか、ビオラはそれを待っていたと言わんばかりに、満足そうに口元を歪めて笑った。

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