第25話 花④
突発的に服を脱ぎだした花ちゃんの行動の意味を理解するのに数秒要した。
その間にさらにボタンが一つ外された。
身体を……拭く。この青いタオルを水で濡らして。
こんなこと妹相手にもやったことないぞ。
「早く来てぴょんきちくん」
おいで、と手招きする花ちゃん。そんな風に手を動かしたら見え…………。
思わず視線を逸らす俺。直視できない。さっきまでのゼリーとはものが違う。女性経験ゼロの俺にはあまりにも刺激が強すぎる。
「そんなに顔を真っ赤にして恥ずかしがらなくても、ぴょんきちくんにお願いしたいのは背中だけだから。それに女の子の身体なんて、未来視を使えばいくらでも覗けるでしょ」
何かとんでもない勘違いしていないか……。確かに花ちゃんには未来視についてべらべら語った記憶があるけど、俺は一度としてそんな卑猥な発言をしていない。
花ちゃんはもうパジャマのボタンを全て外し終えていた。帯を巻いていない浴衣のような格好だ。
もう準備を終えた花ちゃんと、勉強机の近くで突っ立っている俺。こうして立ったまま固まっているというのも変と言えば変。
相手は病人。俺は少しでも花ちゃんの不快感を取り除き、早く良くなるための手伝いをするだけ。
覚悟を決める必要があった。どの道これが終わらない限り家に帰してもらえそうにないし、今の俺に無防備な花ちゃんをどうこうする度胸なんてない。
「――よし」
タオルを手に取って水につける。氷も入っているので当然と言えば当然だけど、けっこう冷たいなこれ。絞って水気を切ったら花ちゃんの元へと向かう。
「じゃあお願いね」
俺に背中を向けた花ちゃんは、片方ずつパジャマの袖から腕を抜いていく。他に音を発するものがないからか、布地と肌が擦れる音が妙に艶めかしく聞こえてきた。
花ちゃんは下着を着けていなかった。まだ心の準備が整っていない俺にはとんだサプライズである。パジャマを脱いだ花ちゃんの上半身を纏うものは一切ない。
「いつでもいいよ」
首筋にかかった髪を前にやり準備を終えた花ちゃんは、無防備な背中をさらけ出したまま俺を待っていた。
体調不良の影響であまり栄養を取れていないのか、それとも元々なのか、花ちゃんは少し瘦せているように見えた。
日焼けをしていない、肌が白くてちょっと心配になるぐらい。普段あまり外に出たりはしないのだろうか。
まじまじと無言で見つめ続けるのもあれなので、俺は一声かけて始めることにする。
「……拭いていくね」
花ちゃんは無言で首を縦に振り、俺はまず首周りから拭いていくことにした。タオルを手のひらサイズに折りたたんで、壊れ物を扱うような気持ちでタオルを近づける。
「…………んっ」
「ごめん、冷たすぎた?」
「大丈夫……だから、そのまま続けて」
「分かった」
首周りは二、三回で拭き終わり、次は背中へと下りていく。
今まで男の背中しか見たことがなかったから、女の人はこんなにも滑らかで小さいんだと初めて知った。
花ちゃんの要望で、一度タオルを水につけてほしいとのことだったのでもう一度冷やした水をタオルに含ませる。
タオルを絞りながら桶に映る自分の顔を見て、俺は一体何をやっているんだ――とふと我に返る。
この室内は幻惑に近い空間だった。この部屋に入ったときから思っていたことだけど、暖房が効いていて少し暑い。
花ちゃんの身体が火照っているのも、そのせいだと思うんだけどな……。
けど体温が上がれば免疫力も上昇するみたいな話を聞いたことがあるから、敢えてそうしているのかもしれない。
「ぴょんきちくん早く」
「わ、分かった……」
現実に引き戻される――いや、現実から夢の世界に誘われるという表現の方が正しいか。
室温が高いと言うだけで、理性という名の判断力も鈍くなりそうだ。
俺が平静を保てている間にさっさと終わらせて外の涼しい空気を浴びよう。
これが最後の試練だ――と俺は花ちゃんの待つベッドへ行こうとして――
目を疑うような光景が飛び込んできた。
「あの、花ちゃん……」
「下もちょっと……あつい」
さっきまで行儀よく背筋を伸ばして座っていたはずの花ちゃん。
俺が少し離れていた間に四つん這いの格好で足を俺に向けていた。
「背中を拭くついでに、こっちも脱がしてくれる?」
俺による花ちゃんの深夜の看病は、まだ始まったばかりだった。
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