第21話 ヘルクイーン⑤

***


「おっ、起きたか海斗」



 目を覚ました俺が最初に見たのは修哉の姿だった。



 部屋の中が妙に明るいと思ったら、電気がついていた。外はもうほとんど日が暮れてしまっている。



「今何時だ……?」



「六時を回ったところ。随分長い昼寝だったな。まあ俺も人のこと言えねーけど」



 聞くと修哉も起きてから一時間も経っていないらしい。三時間ほど寝ていたという修哉。だとすると俺はそれ以上の時間夢の中にいたことになる。



 起き上がるときに気づいたのだが、ちゃんと頭は枕の上に乗せられて布団もかけられていた。



 寝ていたという修哉を除けば、そんなことができる人は一人しかいない。



「……村雨は帰ったのか?」



「ここにいる」



「うわっ! びっくりさせるなよな……てかお前どこに潜り込んでんだこら!」 



布団の中で巨大なイモ虫がモゾモゾしているかと思いきや、ひょっこりと顔を覗かせた村雨。



えっ、いつからそこにいたの?



返答が怖くて聞けない。



「二人とも俺が寝ている間に随分仲がよくなったんだな……あっ、心配しなくても夜はちゃんと帰るからな」



気を使っているように見せかけて、必死に笑いを堪えているのがバレバレだ。一周して今の状況を楽しみだしたな。



 実際俺が逆の立場なら笑い転げるだろうな。とはいえ修哉が知っているのはこの異常中二病患者だけだ。



 そこに瀬那という劇薬を混ぜるとどういう反応を示すだろうか。



「ぴょんきちお腹減ったぞ。おい下僕、寿司だ。今すぐに注文しろ」



 布団から這い出た村雨は、寝転びながらスマホを弄る修哉の腹に足を乗せお願い……に近い命令を出していた。



 金は誰が払うんだ……?



「そしてお前は相変わらず自分ファーストだな。一体誰のせいで…………あれ……」



 ――こんな長時間も寝る羽目になったんだ。



 そう言い返そうとして、俺はようやく重要なことを思い出した。


 

 蘇る記憶。俺は村雨相手に一進一退の攻防を繰り広げていたんだ。腰に手を当てて確認する。よかった、ちゃんとベルトはしてある。



 手だけでなく、ちゃんと自分の目でも確かに存在していることを認識させる。



「問題ないぴょんきち、処置は全て完了した」



 その俺の一連の行い全てを無に帰す村雨の一言。



 処置は全て完了? 処置って何の処置だ……?



「村雨お前……まさかとは思うが、俺が寝ている間にあんなことやこんなことしてないだろうな?」



「キサマがなに卑猥な妄想をしてるのか分からんが、アタシの暗黒オペをタダで受けさせてやって、しかも術後は布団まで引きず……運んでやったのだ。むしろ感謝してほしいぐらいだな」



 引きずったんですね。そうですか。廊下からここまで距離があるし、途中で目を覚まさなかった俺にも問題がなくもない。



 それにさすがに村雨と言えど、意識のない相手の服やズボンを脱がすようなことはしないだろう。多分。



 俺としても早くあの出来事は記憶から抹消したかった。黒歴史認定だあんなの。



 しかし倒れた時に打ち付けた背中と後頭部が少し痛むな。明日起きて痛みが和らいでいなければ病院にでも行こうかな。



 頭痛のせいか、それともまだ寝起きで脳に酸素が行き渡っていないのか、あまり上手く頭が回らない。



 起き上がったのはいいものの何かをする気にもなれず、俺はもう一度枕に頭を預けた。村雨と修哉が何やら言い争っている気がするけど、特に気に留める必要のものでもないだろう。


 

「寿司のデリバリー注文しといたぜ。三十分後には来るだろ」



「ふっ……マイホームタウンで鍛えられたアタシの舌を満たすことはできるかな」



「そういやお前北海道出身なんだよな。やっぱ本場の魚介料理とかって――」



「北海道じゃない! ブリザード島だ!」



 マジで寿司注文したのか……。ちゃんと俺の分も残しておいてくれよ……。



「あれ、なんだこれ。なあ海斗――」



「婚姻届けだあ⁉ あの女っ⁉」



「おい、勝手に見ちゃ――」



「あ…………の……住所……」



「…………して、……………………てた」



「………………やる………はは」



「……破る……さすがに……………………」



「……――――」






 ――もし時を戻せるなら、俺は間違いなくこの日この時間を選ぶ。



 もしくは過去の俺にメッセージを送るだけでもいい。



 『寿司が来るまで絶対に寝るな』



 何でそんな意味不明な言葉なのかと言うと、俺が寝てしまったからだ。



 もしちゃんと起きていて、あいつらの暴走を止めることができていたら――



 いや今さら悔いて嘆いても仕方ない。



 俺にできるのは現実を受け入れ、ここからいかにして軌道修正していくか考えることだ。

 

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