第22話 花①

***


すぐに起きるつもりが、また深い眠りに入ってしまっていたらしい。



昼も夜も食べていないためか、目が覚めた理由があまりにの空腹によるものだった。



 心配していた頭の痛みはかなりマシになっている。触るとコブみたいなものができていたけど、冷やしたりして何日か経ったら治っているだろう。



 そういえば今何時だ……?



 部屋は電気も消えていて外から電灯の明かりが僅かに差し込んでいる。



 すぐ側から寝息が聞こえるなと思ったら、案の定村雨が布団の中に潜り込んでいた。しかもあのゴスロリ衣装ではなく、ちゃんとした寝巻に着替えている。そんな荷物持って来てたっけあいつ。



 それと、一体どういう貞操観念してるんだ。寝込みを襲われるかもとかの心配の一つや二つ、普通はすると思うんだけどな。



 いろいろと物申したいことはあったけど、まあ寝ているところを起こすのも少し気が引けるから今日は大目に見るか。



 時刻は夜の十一時過ぎ。嘘だろ、あれから五時間も寝ていたのか俺。



 村雨が寝ているということもあり、スマホの明かりだけを頼りにトイレを済ませて水を一杯飲んだ。



 今すぐに食べれるような食料もないし、コンビニにでも買い出しに行こうと思う。このままだと明日の朝ごはんもなくて村雨に発狂されたらたまらんからな。



 そういえば修哉から帰るというメッセージが九時ごろに来ていた。それと一緒になぜか謝罪のメッセージも添えられていたのは何だったんだろう。



 むしろ謝らなければいけないのはこっちの方だというのに。修哉にはまだ瀬那との婚姻届のことや儀式については話していなかったから、それも含めて返信は明日にすることにした。



 ――そこで、マッチングアプリの方のメッセージで結構な数が来ていることに気づいた。



 今はリアルタイムでやり取りが継続している人はかなり減っていたため、何だろうと思い開いてみる。



 送信者は全部同じ人からだった。昼間の瀬那事件がフラッシュバックされ中身を見るのに少し抵抗があったが、それと同じくらい気になるというのもまた事実。



 結局悩んだのは五秒ほどで、送信者の方もかなり良好な関係を気づけている子だったから、俺はすぐに確認するという選択をした。



 アプリ内でのユーザー名は『花』


 

 俺は花ちゃんと呼んでいる。確か花ちゃんには俺が未来視の異能を持っているって半分冗談で言ったところ、なぜか信じられてしまったことがきっかけでやりとりが始まった。



 そういう意味では、瀬那や村雨と似ているけどさすがに三連続でジョーカーを引き当てることはないだろう。



 今のところ玄関の扉はドンドンされていないし、パトカーのサイレン音も聞こえてこない。



 花ちゃんは最近まで風邪をひいていてようやく体調が戻ってきたという話をしていたけど果たして…………。




『助けてぴょんきちくん』

『大変だ』

『また熱がでてきた』

『38度を超えてる』

『身体が熱くて寝ようにも寝れない』

『わたしもう死ぬのかな……』

『短い人生だったな……』



 よし、とりあえずはまともな人だってことは分かった。



 最初のメッセージが一時間前。そして最後が十五分前。もしかしたらまだ起きているかもと思い、『大丈夫?』と返信する。



 花ちゃんからはすぐに返ってきた。



『ぴょんきちくん! お願い、住所送るからすぐに家まできて。このままだと明日の朝を迎えられないかも』



 続いてマンションの住所が送られてくる。



『あと、エントランスにオートロックがあるから着いたら連絡してね』



 ただの風邪にしては若干リアクションがオーバー気味な気もしなくはなかったが、全然普通といえば普通だ。



 それにしても俺は一言も行くとは言っていないんだけどな。勝手にとはいえ、ここまで話が進んでしまうと今さら断ることなんてできない。



 どの道食料調達のために外には出ようと思っていたことだし、ついでにスポーツ飲料や熱さまシートを買って持っていってあげるか。



 俺は送られてきた住所をマップで調べ……その外観を見た瞬間絶句する。



「……マジ?」



 この地域ではぶっちぎりでナンバーワンの超高級タワーマンション。



 興味本位でマンション名を検索すれば出てくる出てくる、地上45階建て、俺の人生とは一生縁のないような設備を誇るマンション内の写真の数々。って、こんなことで時間を潰している暇ではない。



 俺今からここに行くのか……?



 そういえば……と俺は思い出す。以前花ちゃんとのやり取りで突拍子もないことを言っていたなと。



 花ちゃんとのトーク部屋の画面をスクロールし、それを見つける。これだこれ。俺の記憶は正しかったようで、親から仕送りとして月に百万もらっていると言っている。



 その時はただの冗談だろうと気にも留めていなかったけど、あながち嘘でも何でもないガチのやつの可能性がでてきた。



「ちょっと時間かかるけどそれでもいい? 多分三十分ぐらい」



『全然平気だよ』 



『待ってるからね』


 

 出かける支度を終え、玄関で靴を履きながらふと思ったことがある。俺、花ちゃんのこと何にも知らなくないか……?



 他に頼れるような人はいなかったのだろうか。



 だが今さらそんなことを考えたところで、俺はもう後には引き返せない。病人の人を放っておくのもちょっと良心が痛むし。



 そうして俺は、顔も名前も声も知らない女の子が一人で暮らすマンションへと向かうのだった。



 

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