第11話 見つかっちゃった


 見つかっちゃった……。なんて、言い返せる度胸も余裕も俺にはなかった。



 果たしてあの双眼鏡覗き魔の正体やいかに――という幕引きと同時に格好よくカーテンを閉じる演出も強制的に終了させられる。



 部屋の中ではスプーンを手にした村雨が、皿の中に残っているルーをかき集めているところだった。手のスピードを見る限りおかわりを要求されてもおかしくない勢いだ。



「ワハハハ! 魔力がみなぎってくるわ! さすがはぴょんきち! 料理の腕も一流だ! これからも頼むな!」



「それは何より」



「おい下僕! 水を注げ!」



「自分でやれ」



 そんなにおいしかったのか。ただのレトルト食品なのに。そして修哉。もう普通に下僕で反応してしまっているがそれでいいのか。



 村雨の今後の扱いについてはまだ保留というなの白紙状態だけど、それでも褒めてもらったこと自体は悪い気がしない。



 女性免疫がほとんどなくて、ちょろい俺なら村雨に対する好感度が上がっていくところだが………。



「時にぴょんきちよ。さっきからキサマの魔道具が呻き声を上げているような気がするのだが………」



「………問題ない」



「そうか、キサマがそういうのなら大丈夫なんだな。アタシはしばしの間瞑想タイムだ。邪魔するなよな」



 村雨はそう言うと、眠そうにあくびを噛み殺しながらそのまま布団に向かい突っ伏してしまった。数秒後、規則的な吐息が静かに聞き取れた。



「マジでどういう神経してんだこいつ………」



 修哉の表情からは、呆れを通り越して感心に近い称賛が含まれているのが読み取れた。俺も同じ思いだ。俺なんかここに引っ越してきた初日は、少し怖くてなかなか寝付けなかったというのに。



「ひとまず、うるさいのがいなくなってくれて助かった」



 村雨が完全に眠りに入ったのを確認し、俺はようやく本題に入った。



「そういやお前の相談はこのちび助じゃなくて、別の女だったな。……ところでいいのか? 誰かから緊急の連絡とかじゃねえの?」



 さっき村雨にも指摘され、修哉も気になっていたらしい。先ほどから俺のスマホが震え続けていることに。



「実はな修哉……せっかくはるばる駆けつけくれたところ申し訳ないんだけど」



 そう前置きを置きつつ、俺は再びスマホを取り出してメッセージを確認する。



 未読メッセージが24件。不在着信3件。






『部屋の番号教えて!』


『あれ? さっきの海斗くんだよね?』


『もう二時間ぐらい待っているんだけどな……』

 

『どうして他の人が一緒にいるの?』


『おーい』


『もしもーし』


『そっくりさん? もしかして双子の兄弟とか?』


『あっ………もしかして、さっきの人は強盗で海斗くん捕まっているの?』


『どうしよう……警察呼んだ方が……………………』








「すまん修哉、いろいろと手遅れかもしれん」



 俺は修哉に自分のスマホを手渡した。口で言うよりも、その目で確認してもらった方が早い。



 その間俺は、つい何時間か前までカフェで一緒に話していた瀬那を思い返していた。



 可憐、おしとやか、笑顔が素敵――言うなれば、クラスで三番目ぐらいに可愛くて、教室ではあまり目立たないけど隠れファンの多い――



 ――うん、待ってるね!



 カフェでの別れ際、こっちから連絡すると言ったあとの、あの爽やかな微笑みは一体何だったのか。



 もしかして俺は、悪い夢でも見ているのか?



 そう現実逃避したくなるほど、奇妙な感覚に陥りかけていた。だってそうじゃないか。村雨にしたって、あんな見た目も中身も異世界人みたいなやつ、存在するわけない。



 それだけの理由で、これが悪夢の世界だと断定するのは馬鹿げているって自分でも分かっている。だから、試せることはとりあえず試しておきたい。



「――修哉、軽くでいいから俺の顔面を殴ってくれ」



 一番べたな方法だが、最も効果的でもある、とにかく痛みを感じるショック療法を試みる。



 覚悟を決めた俺は、スマホに目を落とす修哉に頼んでみたのだが――



「は? 意味わからんこと言ってねーで、それよりまたメッセージ届いてるけどこれヤバくないか?」



「いや、今はそんなことよりもここが夢なのか現実なのか……」



 とりあえず確認だけしておこうと、修哉に向けられたスマホの画面を見やった俺。



『警察呼んだからね! もう大丈夫だよ』


 

 今度はしっかりと目を見開いて、再び文章を今度は声に出して読む。



「警察呼んだからね……もう大丈夫だよ」



 顔を上げる。



 修哉と目が合う。



 窓の外から、パトカーのサイレンが聞こえてきた。

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