第10話 助っ人到着
***
「えーっと、カインメゾン206号室……ここだな」
スマホのマップに示された現在地と、目の前のアパートを見比べた
電車を乗り継ぐことおよそ二時間。友人の神田海斗のヘルプコールを受け、眠たい眼を擦りながらここまで駆けつけてきたのだ。
電話で話を聞いて得られた情報から、どうやら海斗は自滅寸前まできていると、修哉は考えていた。
自業自得なだけの気もするが、元々マッチングアプリを勧めたのは修哉なのだから多少は責任的なものを感じて無くはない。
オートロックの扉が開き、階段を上がる。
玄関の標識が206号室であることを確認し、チャイムを押した。
数秒後、何やら慌ただしい足音とともに扉が開く。
「ワハハハハ! よくここまでたどり着いたな下僕よ!!!」
そこに立っていたのは、両手を腰に当てて高笑いする女子小学生。
「……すみません、部屋間違えました」
***
「おい海斗、さすがに小学生はマズイだろ、小学生は」
「誰が小学生だ! 下僕のブンザイで!」
「誰が下僕だこの野郎」
「……とりあえず二人とも落ち着こう」
修哉到着からおよそ十分。部屋の中はすでにカオスと化していた。
それもそのはず。全く話の通じない中二病一名に、全く状況を理解していない俺の友人一名。俺自身何をどうすればいいか分からない。お手上げだ。
「おいぴょんきち! アタシのビーフシチューはまだか!」
「ぴょんきち……?」
「気にするな修哉。ヘルクイーンよ、今お湯を沸かしているところだ」
「ヘルクイーン……?」
「そこの下僕よ、突っ立ってないでアタシのお茶を用意しろ」
「……俺何しに来たんだっけ」
まずは修哉に謝るのがよさそうだ。
修哉の胃袋の中に収まる予定だったレトルトカレーを村雨が食べている間、俺は修哉を連れてベランダへと出ていた。あいつが話に絡むとややこしくなるからな……。
「――それで、あの幼女は一体何なんだ?」
ごく真っ当な疑問だ。ぶっちゃけ俺も教えてほしいぐらいだが、いかんせん今は時間が惜しい。
「信じられないと思うが、俺たちと同い年だぞ」
「……なに?」
呆然とする修哉。無理もない、俺だってあの免許証を確認していなければ本気で部屋から追い出していた。
今必死に頭をはたらかせているのか、修哉は何もない宙を見つめている。
それに更なる負荷をかけるのは申し訳ないが、俺は村雨の情報を隣で加えていった。
マッチングアプリで繋がったこと、偶然だと思うけど家バレしたこと、極度の中二病であること……。
「…………なるほどなぁ」
情報の更新が済んだのか、修哉は深くため息をついて俺の方を向く。
「どう思う?」
「どう思うも何も、俺も間近であんなもん見せられたらなあ。あの女、初対面の俺を下僕呼ばわりしたんだぞ? そんなことするやつ普通いないだろ……」
「……」
下僕という設定は俺がつけたということは絶対に黙っておこう。
修哉が来る前に、危うく警察沙汰になりかけた村雨との一悶着があり、その時にこれから来る修哉のことをそういう存在だと話してしまったのだ。
占星術師として世界を巡る俺は、ケルベロスに滅ぼされた村で唯一生き残った少年を見つける。修哉という名の少年を――
――なんて話、口が裂けても言えない。
「でもまあ、マッチングアプリをお前に勧めたのは俺だから……………………」
「どうした修哉?」
不意に修哉が言葉を詰まらせる。何か思い出したことでもあったのか、それとも村雨を追いやる素晴らしいアイデアが思いついたのか。
修哉の目の焦点は俺から外れていた。それは不自然に下に向けられている。
「……なあ海斗」
「ん?」
「何かあそこで双眼鏡覗いている人、明らかにこっちを見てねえか?」
「双眼鏡……?」
指し示した修哉の人差し指が小刻みに震えていた。俺はその指先の線の先を追う。
――人がいる。
人や車がほとんど行き来することの無い道路で、一人の大人が双眼鏡で一点を見つめる。
不審者か変質者の二択だ。
ただここからでは少し距離があり、その人物の外見的特徴を事細かに把握することはできない。
髪が長いから多分女の人の気がするけど、それに俺たちがただ過剰に反応しているだけで、本当は全然違う所を見ている可能性だってある。上の階とか、隣の階とか。
「何か気味悪いし一旦部屋に入らないか?」
「そ、そうだな」
修哉の提案で俺たちはそそくさと部屋の中に退避しようとし――
そのタイミングで、ポケットの中にいれていたスマホがブブッとバイブ音を鳴らす。
部屋に戻り、窓とカーテンを閉めた俺がスマホを確認すると、さっきのはメッセージアプリの通知音だと分かった。
差出人は瀬那だった。
中身はただ一文だけ。
『海斗くんみーつけた!』
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