第6話 SENA⑤+???


 ――いいよ。



 いいよ、じゃない。なに即答してるんだ俺。考えるよりも先に、口と喉が動いていた。



 もう少ししたら店を出て、そのまま俺の住むアパートまで向かう流れに話が進んでいく。



「部屋の中ぐちゃぐちゃだから、片付けが終わったらまた連絡するよ」



「そんなに大変なの? だったら私も手伝うよ?」



「本当にそれは大丈夫! 自分一人で何とかなるから!」



 何度かの押し問答の末、こういった具合に落ち着く。瀬那が家に来るのは反射的にOKしてしまったけど、こんなこと普通あるのか……?



 女子大生が、その日初めて会った男の家に上がる。



 そういえば瀬那は前のやり取りでも、俺の荷解きを手伝いに家まで行こうかと提案してくれていた。あれは俺が断ると踏んだうえでの社交辞令――ではなく、本当にその気があった発現だった可能性が高い。



 それは俺が運命の人であると本気で信じているから? もしくは、全く別の狙いがある……?



 ……やばい。考えすぎってことは分かっているんだけど、またちょっと怖くなってきた。



 瀬那はただの善意で言ってくれているだけ、きっとそうだ。俺がいつも夜中にアプリでメッセージのやり取りをするときにテンションが上がってしまうみたいなノリを、瀬那は常時発動しているんだ。そうに違いない。



「――そろそろ出よっか」



「う、うん」



 まだ自分の中で考えがまとまっておらず、脳はオーバーヒートを起こしかけていた。だからと言って、これ以上ここに留まったところで、それが改善するわけでもない。



 恐らく今の俺に必要なのは、一旦一人になることだろう。考えるのはそれからだ。



 ちなみに支払いは、各自頼んだ物の分をそれぞれ払った。奢るのも奢られるのもあんまり好きじゃない。俺の方からそう提案すると、瀬那は快く応じてくれた。



「――瀬那の家ってここから近いの?」 



「うん、歩いて十分ぐらいかな。この通りを真っすぐいったとこ。海斗くんは?」



「俺もそれほど遠くはないかな。アパートは大学の裏側だし」



「ちょうどここを中心としたら真反対にある感じかあ……」



「じゃあ俺はこっちだし、ある程度片付いたら連絡するよ」



「うん! 待ってるね」






こうして俺は瀬那と別れ、小走りでアパートへと戻る。



「……これからどうしよう」



玄関のドアを閉め、しばしその場で立ち尽くす。手にはスマホが握られている。無意識のうちに取り出していたようだ。



いつもの癖で、とりあえずメッセージアプリを開く。



「あっ……」



修哉から返信が来ていた。今から五分前。本当についさっきじゃないか。



俺が瀬那と会うにあたって、どう立ち回ったらいいのかアドバイスを求めていたのだが、修哉の回答の内容をまとめると、『もじもじせずに自信満々でいけ』だった。



もう今さらだし、間に合ってたとしても、多分俺にはあまり意味のない助言に終わっていたに違いない。



「……とりあえず、今の状況報告をしておくか」



俺は一応修哉に礼を言い、本気で俺が運命の人だと信じ込んでいて、そのことで話があるから家に来ることを説明し、再びどうすればいいか助けを求めた。



♪♪♫~



ん?



送信ボタンを押して一分も経たないうちに、着信音が鳴り響く。相手は修哉だった。



「あっ、もしもし修哉?」



『あっ、じゃないだろ! お前一体何をやったらそんな展開になるんだよ!』



「俺が聞きたいよそんなこと。それより俺どうしたらいい? どんな話されると思う?」



『……とりあえず時間稼げ』



「どういう……」



『俺の予想では、いろいろと手遅れだ。直接お前ん家に行く。俺が何とかしてやるからそれまでどつにかして誤魔化せ』



早口でそう捲り立てた修哉は、すぐに通話を切った。けど修哉は来てくれるなら心強い。玄関の前にでも待機してもらっていて、怪しい話に傾き出したら突入してもらおう。



もし瀬那が宗教とかと関係ない普通の子だったら、それもそれで俺的には何も問題ないし。




―― ただ、一つだけ問題点があった。




それは、修哉がここまで来るのに、どれだけ急いでも二時間以上かかること。

 


俺が実家を出て一人暮らしを始めたのに対して、修哉は地元に大学に進学したから、実家暮らしだ。



たった電話一本で俺のためにそこまでしてくれるのは有難いけど、さすがにちょっと申し訳ないな……。



今日の晩に、おばあちゃんにもらった超高級レトルトカレーでもご馳走してあげるか。



今がちょうど11時。13時に到着するとして……よし、瀬那にはお昼を食べた後に来てもらおう。



完璧なプランができあがった。昼食を挟むという口実を使えるのは大きい。



そうと決まれば瀬那に連絡だ。さっそくマッチングアプリを開いて……じゃなかった。さっき連絡先を交換したのをすっかり忘れていた。



すぐに閉じてメッセージアプリの方を……と思った矢先、妙なメッセージが目に飛び込んできた。






『オイ!ぴょんきち! 城がこれほど強力な魔法陣で護られているなんて聞いてないぞ!さっさと解除してアタシを中に入れろ!』



この前にも大量のメッセージが届いていたから、スクロールして遡っていく。



『ここが貴様の城か……悪くないな』



『はあ、はあ……貴様……何の魔術を使った……歩くのはやすぎ……』



『むっ! 貴様ぴょんきちめ! アタシ以外にも契約者がいるとは聞いてないぞ!? 誰なんだその女は! 奴隷か? 奴隷なんだよな!?』






――送信者ヘルクイーン、もといムラサメはこっちが話を打ち切ってもかまわず追撃メッセージを送ってくることが多かった。

 


割合で言えば、俺が一通送る間にやつからは三通ぐらい飛んでくる。



自称闇に生きる暗黒魔術師のムラサメからの俺への未読メッセージは昨晩から始まっており、すでに見た感じその数はすでに二十を超えている。



よくもまあ、こっちが見てすらいないのを理解しているのにそんなに送れるものだ。



――って、感心している場合じゃない。



ほぼリアルタイムで自身の行動をリアルタイムで送ってくるムラサメの、最後の送信時刻はわずか三分前。俺が修哉と電話していた時ぐらいか。



まさかそんなはずはないだろう……と、俺は靴を脱いでベランダの窓の方へと向かう。



そっとカーテンを開ける。俺の部屋は二階だから、下を見下ろすにも戸を開けてベランダまで出る必要があった。



念の為に一度メッセージを確認する。



『貴様がどの扉を開けたのかは、アタシの魔眼ですでに見破っているからな!』



どの扉……。



つまり俺が部屋に入る所を見られていたということ……と理解したところで、俺は今自分がいかに無駄なことをしようとしていたことに気づいた。



アパートの入口は玄関側。ベランダから外を確認したところで逆だから、全く意味がないのだ。



でも残念だったなムラサメ。お前がここまでたどり着くことはできない。



一人暮らしを始めるにあたって物件探しを親としていた時、セキュリティだけはちゃんとしておけ、というお母さんの意見で多少家賃が高くなるもののオートロック付きのアパートを選んだのだ。



だから大丈夫なはず。











――ピーンポーン。



「おーいぴょんきちー。アタシだ!ヘルクイーンだ!」 

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