第5話 SENA④

***


 昨日警戒していたのがあほらしくなるほど、あっさりと連絡先の交換ができた。どうやらアプリ内での話が盛り上がったせいで、言い出すタイミングを失っていたようだ。



 荒川瀬那というのがSENAさんの本名らしい。こうして顔を合わせることによって、少しずつだけど瀬那さんの情報がアップデートされていくのを感じていた。



 例えば、瀬那さんは一人っ子で、辛い物が苦手、教育学部と社会学部のどちらにしようか迷った末、教育学部を選んだこと。



 対する俺は妹が二人いて、同じく辛い食べ物はNG。文学部を選んだ理由は何となく楽そうだから……って言おうとしたけど、占いでそう出たからってそれっぽく答えておいた。



 アプリでの最初のやり取りからも、瀬那さんが俺に興味を抱いている理由が占いにあるのだろうということは、明白だった。



 俺がエセ占い師であるということがバレた瞬間、俺たちの関係は終了する。むしろ騙していたせいで、慰謝料とか取られたらどうしよう。さすがにそこまではないよな……。



「確か占いで何度もお友達を助けたんですよね?」



「そうなんですよ。高校の友達なんですけど、いつも赤点スレスレで毎回テストで何が出題されるか占えってしつこくて。占いってそんなに便利なものじゃないのに、そこまでできるなら、今頃俺は東大生ですよ」



 すまんな修哉。さっきからずっとお前を会話のネタにさせてもらってる。それもこれも元はと言うと、お前が全然起きないからだ。



「でも私だったら、それぐらいの力があればちょっと欲が出てしまうかもしれません」



「それ友達もいつも言ってましたよ。何でもいいからモテる方法を占ってくれって、欲望丸出しの願望を」



 すまんな修哉。お前は何もしなくてもモテるって俺は知っているから。どころか、頼んでいたのは最近の俺だ。



 ――ふと時計に目を向けると、もう店に来てから三十分が経とうとしていた。



 会話の主導権はずっと瀬那さんが握っていた。瀬那さんが質問して、俺が答える。そのパターンでの会話がほとんど。



というよりも、俺の方から積極的に瀬那さんに話しかけれていないのが原因である。気持ち的にも、平静を保ったまま返答するだけでいっぱいいっぱいだった。



しかも俺の口から出ているのはほとんどが嘘。会話が積み重なれば積み重なるほど、俺の口からでまかせが飛び出してくる。



それを続けているうちに、段々と申し訳ないという気持ちが大きくなってくる。



瀬那さんがどこかの宗教の回し者とか疑っていた自分をぶん殴ってやりたいほど、瀬那さんは誠実な人だった。



ただほんのちょっと、占いに対する執着が強いだけで、あとは普通の女子大生だ。なぜそこまで占いに拘っているのかはまだ語られていないが。



「それでぴょんき……あっ、海斗さん……って本名で呼んじゃってもいいですか?」



「全然いいですよ! むしろ外でその呼び方されるのは恥ずかしいっていうか……」



「ですよね! あと、私たち同い年なんだから、敬語じゃなくてタメ口で話すのはどう……かな?」



「う、うん……そうだ、ね。そうしようか」



「うん! 私のことは普通に呼び捨てにしてくれていいからね。さん、とかちゃんづけされると、くすぐったくて」



「じゃあ……瀬那? 俺のことは好きに呼んでくれていいよ」



「それじゃあこれからは海斗くんって呼ぶね!」



俺と瀬那さんは初めて他人行儀の笑みから、顔の筋肉に力を込めない自然な笑い顔を浮かべた。



他人行儀の喋り方を変えただけで、一気に距離が縮まった気がした。


 

アプリ内でも、他の人とは自然とタメ口で喋る流れが作れていただけに、どうして瀬那とはこうもよそよそしさが残っていたのだろう。これも慣れ?



そんなことを俺が考えていると、さっきまで怒涛の質問攻めをしていた瀬那さんが、急にソワソワしだした。



もうほとんど飲み干しているはずのカフェモカのカップを何度も手に持って、口に運んでは下に奥を繰り返している。



「どうかした……?」



「あのね……」



そのたった一言に、俺は思わず唾を飲み込んでしまう。



これが上目遣い——というものなのだろうか。両目を潤わせながら、瀬那は続ける。



「海斗くん言ってくれたよね、私の運命の人は海斗くんって」



「えっ、う、うん……」



い……今その話をするのか……?



確かに言った。けどあれは、まだ顔も名前も知らなかった頃のSENAさんに対してだし、ただのアプリのメッセージでの言葉。



今面と向かって、あれと同じやり取りを口に出してやれって言われたら、万札を目の前でチラつかされても躊躇するレベルだ。



連絡先を交換して名前で呼びあったり、敬語からタメ口に変えたことによって勝手に満足していただけで、根本的な問題——俺がエセ占い師であるという事実は何も変わっちゃいない。



引き返すには、もう遅かった。告白すると、この三十分少々で俺は完全に瀬那に惹かれていた。



このまま嘘を突き通してでも、友達として——いや、それ以上の完成を望んでしまっていた。





「そのことで話があるんだけど、あまり外ではあれだから……今から海斗くんの家に行ってもいい?」



「…………いいよ」




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