第2話 SENA①
***
登録名『SENA』
本名は不明。
俺と同じでこの春から一人暮らしを始める新入生。プロフィールの画像は浜辺に佇む後ろ姿。背中にかかった長い黒髪が特徴的な細身の女性。
恐らく夜頃に撮られたものなので、実際のところはシルエットでしか分からないのだが……。
これまでのやり取りから考えてみるに、どちらかといえば清楚系な子——という、僅かな願望の入り交じった予想をする。
SENAさんとのやり取りは三日前——俺がマッチングアプリに登録したその日から始まった。
そもそもどうして俺がこういう出会い系アプリを始めたかと言うと、友人の修哉み勧められたからである。
修哉はたまたま席が隣だったという理由で、高校に入って初めてできた友達であり、入学して一ヶ月も経たないうちにクラスの女子と付き合って夏休み前には別れるといった遊び人とでも言うべき人だ。
本人いわく、常に彼女がいないと落ち着かない――モバイルバッテリーみたいなものだ、などという意味不明なことをよく口にしていた。
俺はそれまで恋愛とは無縁の学生生活を過ごしており、正直高校生になったときも特に彼女が欲しいとか考えることはなかった。
けれども、修哉も含め周りにそういった人たちが増えだし、いつしか俺もそういう感情が芽生えるようになった。
そして無事受験を終え、進学先も決まったタイミングで意を決して修哉にお願いをした。
――大学生になるしそろそろ彼女がほしいんだけど、どうしたらいい?
いくら友達とはいえ、いや、むしろ見知った友達だからこそこんなこと相談するのは気恥ずかしくて仕方なかったけど、他に話せる人もいなかったのも事実。
俺が勇気を振り絞った結果、修哉の反応は意外とあっさりとしていた。
まず美容院に連れていかれた。普段俺が通っているとこの三倍ぐらいの値段のお店。髪をセットしてもらうとすぐにその姿をスマホで撮影。それから言われた名前のマッチングアプリに登録させられ、プロフィール欄は修哉に言われた通りのことを書いた。
ここから先に進めるかどうかはお前次第だ――という捨て台詞を残して、修哉は去っていった。
ともあれ、ここまでの準備を嫌な顔一つせず協力してくれたのだから、これ以上頼るのも何だか情けない。そこから先は、自分でネットの攻略法や体験記などを読んで実践するほかなかった。
そうしていきついた先が、占い師になることだった。
自分でも何言っているのか分からないし、何でそうなったのかも説明できない。
見た人の気を引くような何かがあれば、と深夜のテンションであれやこれややっているうちにSENAさんとマッチングしたのだった。
顔も名前も知らない人とのやり取りなんてもちろん初めてのことだし、これ相手をその気にさせて変なサイトに誘導するのではと疑ったりもした。(実際にそういうのも少なくないらしい)
まず何より俺がSENAさんに対して感じた印象は、とにかく人がよすぎることだった。俺の言うことを何でも信じてくれるし、肯定してくれる。箱入り娘なのかと思ってしまうぐらいだ。こんなの好感を抱かないわけがなかった。
占い師設定のおかけで、現時点で数名の人とやり取りが続いているけれど、今俺が最優先で返信を心がけているのはSENAさんだ。
お互いにこの春から一人暮らしを始めるという話題で少し盛り上がり、気がつけばSENAさんが俺のアパートまでやって来て荷解きの手伝いをするという話になっていた。
何やかんや言い訳をして、それは一旦保留にしたのはいいものの、今度はSENAさんの方から直接会ってみないかと誘われたのがついさっきの出来事であった。
『駅の裏側にあるカフェってわかりますか?』
「あのバス停の斜め向かいにある、青い屋根のとこですか?」
『そうそう! そこです! すごい外観がおしゃれで前を通るたびに気になって……。もしぴょんきちさんさえよければ、あそこでお茶でもどうかな……って』
「俺は全然大丈夫ですけど、空いている日ってありますか……?」
『私だったら入学式まではずっと暇しているのでいつでも問題ありませんよ。何なら明日とかどうです?』
「いいですよ! 僕もSENAさんと同じで今は暇人なので」
『じゃあ決まりですね! 時間は朝の10時でいいですか? 昼間の時間帯はけっこう混みそうなので……』
「了解です! また明日連絡しますね!」
……とうとう決まってしまった。
こんなにすんなりと話が進むものなのだろうか。俺もSENAさんも互いにアプリのプロフィール欄に書かれていること以上の情報は何も知らない。本名さえもだ。
確かサイトには、会う前に連絡先を交換するのが一般的って書いてあったような気がするけど……。今からでも訊いてみるか?
いや、でもそれが原因で機嫌を損ねられる可能性だってある。まずは明日実際に会って話してみて、それからのことはその時になって考えればいいか。
SENAさんの他にも、何人かからメッセージが届いていたけど、もう夜も遅い。
始めたばかりでこんなことを言うのもあれだけど、複数の人と並行してやり取りを行うのはちょっと疲れる。少し間が空くと、何の話をしてたっけ? ってなる。でもそれも贅沢な悩みか。
それとも今どきの女子大生は、ミステリアスな人に惹かれるのか……? ってないな。
俺はアプリを落として、充電器を繋げた。明日に備えて今日は寝よう。
「っと、その前に」
コンセントを差し込む前に、一応修哉に報告だけしておこう。占い師云々のことはまた今度説明するとして、とりあえず明日SENAさんと会うことになったこととその経緯だけを伝えた。
すぐに返信は返ってこず、俺もそのまま眠りについた。
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