流転
僕は今、世界で一番幸せかもしれない。目が覚めて、カーテンから溢れた陽射しにゆっくりと目が馴染み意識がはっきりとした瞬間に、まずそう思った。日付けが変わっても自然と頬が緩んでしまう。枕の下に手を差し込み、手にした携帯に指を滑らせる。時刻は正午を回った頃だった。
LINEのアプリを開き、拓馬と静香、そして海月にお祝いをしてもらったことに対してのお礼をそれぞれ個別に送った。
すぐに返信があり、画面には『新着メッセージが2件あります。』と表示されている。開いてみるとそれは静香と拓馬からの返信だった。
海月からの返信はまだない。普段から二時間くらい返信がこない時はあったので、僕は読みかけていたマンガを手にした。
ページを次々と捲っている時、ふと思う。夏休みもあと五日で終わる。どうせなら家の中でだらだらと過ごすのではなく、外に繰り出して少しでもこの夏の思い出をつくろうと。
窓の向こうからは、相変わらず蝉の鳴き声が聞こえる。煩わしくさえ思っていたこの声が聞けるのも、今年はあと二週間くらいかと思うと寂しさすらある。
グループLINEを開き、『どっか行きたい!』とだけメッセージを送った。
すると、静香と拓馬のアイコンから立て続けに『バイトー』という言葉が放たれた。
携帯を手にしたまま僕は肩を落とし、さっきまで手にしていた漫画を再び読み進めることにした。二人ともバイトなら仕方がない。
海月は何しているのだろう?
返事が来たら、どこかに行こうと誘ってみよう。心の中でそう呟いた僕は、漫画の世界へと浸った。
夢の中へと堕ちていた意識が現実に舞い戻ったのは、近くで物音がしたからだった。部屋の中はすっかり夜が満ちていて、まだはっきりとしない意識の中、手探りで携帯を探しあてた。
手にした携帯の画面には19時30分と時刻が表示されており、五時間近くも昼寝をしてしまったことを知る。昨日は楽しさが勝り全く疲れを感じなかったが、一日中、陽の下にいたせいで身体には疲れが残っていたのかもしれない。
手探りでスイッチを探し部屋の電気をつけると、ベッド脇には寝る寸前まで読んでいた漫画が落ちていた。物音の原因がやっと分かった。
まだ眠い目を擦りながら部屋の中に視線を彷徨わせている時、はっとした。
さっきは何も考えずに携帯を開き時刻を確認したが新着メッセージは未だに届いていなかった。つまり、海月からの返事はまだないということだ。
一体どうしたのだろう?
今までにこんなに長く間隔が空いたことはない。
言いようのない胸騒ぎがふつふつと湧きあがってきた。
もしかしたら友人や家族と過ごしているのかもしれない。
連絡を取れない理由がきっとあるのだろう。
自分にそう言い聞かせるようにして、長い夜を過ごし、この日は再び眠りについた。
だが、翌朝になっても海月からの返信はなかった。
窓の向こうでは強い光が降り注ぎ、僕の心の中とは裏腹に澄み切った綺麗な空が広がっていた。
これで連絡が取れなくなってから約二十四時間が経った。花火大会の帰り道、自宅まで送った際には元気そうにみえたが、もしかしたら体調でも崩しているのだろうか?
心配で居ても立っても居られなくなった僕は、一度自宅まで様子を見に行くことに決めた。一応、壁に掛けられた時計が午前十時を過ぎるのを待って家をあとにした。あまり早い時間に押し掛けても、海月の親御さんに煙たがられてしまうかもしれないと思ったからだ。もう一度携帯に指を滑らせる。だが、海月からの返信は変わらずなかった。
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