第24話 私を守って……和樹!

 結子は和樹と透子の婚約を否定した。

 その言葉は、透子にはもちろん、観月、そして和樹にとっても意外だった。


 観月の妹の桜子が不安そうに母と姉を見比べ、従姉の朱里はぽかんとした顔をしていた。


「お母様、ど、どうしてですか!? 和樹の霊力の高さがあれば、わたしは……この家の資質ある後継者を産めるはずです」


 透子が憤然とした表情で母に食って掛かる。透子からしてみれば、和樹はもともと婚約者で、しかも霊力の高さでも問題がないとわかった。そして、透子は和樹のことが好きなのだ。


 結子の言葉を受け入れられるわけがないと思う。


 だが、結子の表情は冷たかった。


「理由は二つあるわ。一つは突然発現した霊力だけれど、疑わしいものね」


「わ、私や和樹が嘘をついてるっていうんですか?」


「そうとは言わないけれどね。突然発現した霊力は、いつ消えてもおかしくない。普通なら10代前半で発現するはずなのだから。子どもに受け継がれるとも限らないし、和樹くんが何か良からぬものの手を借りて、力を手に入れたのかもしれないわ」


「お、お母様……!」


 透子は絶句するが、和樹はたしかに結子の言うことも理解できた。和樹自身、突然発現した霊力についていまだ半信半疑だったからだ。


 これが突然失われることもないとはいえない。

 だが、結子は続けた。


「仮に和樹くんの霊力が本物だとしても、透子には別の婚約者をもう見つけたの」


「そ、そんなの、私は聞いていません!」


「ちょうど白川家の嫡男の婚約が破談になったから、透子を婚約者にするの。家柄も財力も、もちろん霊力も申し分ないわ。両家にとって、次代の後継者も確保できる」


 白川家の嫡男といえば、大学生ぐらいだったはずだ。和樹たちも会ったことがある。美形で会話も上手かったが、どこか陰険な感じがして、和樹や透子たちとは折り合いが悪かった。


 透子が顔を青ざめさせる。


「そ、そんなの嫌です! 私は和樹と結婚するんです!」


「わがままを言わないで。透子、あなたは東三条家の長女で、魔術を次代に伝える責務があるのだから」


 透子は黙り、そしてうつむく。その美しい瞳に涙がたまっていることに気づき、和樹は憤りを感じた。


 実の娘の気持ちを結子は何も考えていない。以前はこんなに冷たい人ではなかったはずなのに、どうしたのだろう?


「少しは透子さんの気持ちも考えてあげてください。透子さんは子供を産ませる道具じゃないはずです」


 和樹が言うと、透子が目を見開く。透子は和樹の後ろに隠れると、ぎゅっと和樹の服の袖を握った。


「和樹……私を守って」


 透子が甘えるように和樹の名前を呼ぶ。

 ちくりと和樹の胸を罪悪感が刺す。和樹には観月がいる以上、透子と結婚すると断言できない。


 そう言うと、透子は首を横に振った。


「いいの。和樹のことを抜きにしても白川の嫡男との結婚は嫌だし……それに、和樹が私をかばってくれるのが嬉しかったし」


「そ、そっか」


 潤んだ瞳で見つめられ、和樹は体温が上がるのを感じる。透子はくすっと笑った。


「私が生むのは和樹の子供だけだもの」


「こ、子供……なんて……そんな……」


「婚約者だったんだから、結婚したらそういうことをするのは当然でしょ? 照れちゃって可愛い」


 透子がちょっと元気を取り戻したようで良かったけれど、どきどきさせられた。

 後ろから観月が声をかける。


「兄さんの子供を産むのはわたしですから! でも、透子さんの気持ちもわかります」


 観月も透子の強引な新しい婚約には反対のようだった。この二人はもともと仲が良かったんだから、当然だ。


 だが、結子は冷たく和樹を見下ろした。


「没落した家の人間たちに口を挟まれる筋合いはありません」


 桜子と朱里は心配そうに、和樹と結子を見比べていた。


 透子はなおも反論しようとしたが、そのとき、あたりに急に妖気が満ちた。


 桜子以外の全員、はっとした顔で警戒態勢になる。

 次の瞬間、結子の背後にある応接室の壁が吹き飛んだ。とっさに和樹は観月を抱き寄せる。


「に、兄さん……」


「しっかりつかまっていて」


「は、はい……」


 爆風の中、観月が顔を赤くして、和樹にしがみつく。

 やがて、爆風が収まる。


 そこにいたのは魔術師の男たちだった。

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