第23話 結婚は認めません

 桜子の「和樹お兄ちゃんのお嫁さんになりたい」発言は、今度は透子の激しい反応を引き起こした。


「さ、桜子! 何言ってるの? 和樹の婚約者は私だから!」


「だって、透子お姉ちゃんと和樹お兄ちゃんの婚約は……えっと、その、なくなっちゃったんでしょう? なら、わたしがお兄ちゃんのお嫁さんになれるなあって思って」


「な、なくなっていないから!」


「でも、パパもママも婚約はなくなっちゃうって言ってたし……」


 桜子は母親の結子の顔色を伺い、それから、目の前の和樹に申し訳無さそうな顔をする。

 天真爛漫なように見えて、桜子は周囲の目をけっこう気にするタイプだと和樹は知っていた。


「魔術の才能の無いわたしなら……」


 そこまで言って、桜子はくちごもる。和樹に気を遣ったのだろうけれど、その続きは「霊力のない和樹お兄ちゃんと結婚できる」というような内容だったかもしれない。


 そう。桜子は、姉の透子と違って、さほど強い霊力は持っていない。和樹のように皆無とまでは言えないけれど、東三条家の娘としては平均よりずっと低い。


 桜子は幼いながらにそのことを気にしていて、同じ霊力なしの和樹に親近感を覚えているのかもしれない。


 桜子は魔術の才能がない以上、透子と違って次代の東三条家の後継者を生むことを期待されていない。だから、婚約破棄された和樹とも結婚できる。


 ただ、桜子は重要な事実を知らされていないらしい。

 

「和樹は霊力が発現したの。これで問題なく婚約を続けられるし、私が和樹の子供を生めば、その子が東三条家の次期当主になるの」


 嬉しそうに透子が言い、それから、はっとした顔で恥ずかしそうになる。


 和樹も自分の頬が熱くなるのを感じる。結子、朱里、桜子、そして観月の四人の美女・美少女がじーっと和樹と透子を見ている。


 透子をちらりと見ると、透子は赤面して目をそらしてしまう。


(透子が俺の子供……ね)


 透子が自分の子供を妊娠して、お腹が大きくなっているところを、和樹は想像してしまう。

 婚約者である以上、そういうことももちろん将来は予定されてはいたのだけれど。

 改めて考えると、母親や妹がいる場で話すことではない。


 桜子は和樹に抱きついたままで、顔を和樹の胸に埋める。


「……桜子?」


「おめでとう、和樹お兄ちゃん。お兄ちゃんも立派な魔術師になれるんだね。嬉しいけど、わたしだけが……一人ぼっちなんだ」


 結子、透子、朱里、観月は才能と霊力に恵まれた魔術師だ。和樹もどうやら、その仲間に加われることになるらしい、


 桜子は寂しそうに微笑む。一人だけ疎外感を覚えるのは、和樹もよくわかる。

 和樹はぎゅっと桜子を抱きしめる。


「ひゃっ……和樹お兄ちゃん?」


「桜子は一人じゃない。俺がついてるし、桜子は俺にとって大事な子だよ」


「あ、ありがとう。和樹お兄ちゃん」


 桜子はちょっと目に涙をためて、でも嬉しそうに和樹にしがみついた。そして、「やっぱり……わたし、優しいお兄ちゃんの特別な存在になりたいな……」なんて、和樹にだけ聞こえる小さな声で言う。


 その言葉に和樹はどきりとする。他のみんなは聞こえてはいなくても、和樹が桜子を抱きしめる姿を見て、いろいろ思うところがあるかもしれない。


 こほんと、透子が咳払いをする。和樹は慌てて、桜子を放す。桜子は赤い顔で「えへへ。抱きしめられちゃった……」と嬉しそうにつぶやいている。


 そして、透子が結子を向く。


「ね? お母様には昨日ご説明しましたけど、和樹は霊力を獲得し……それも男性魔術師の五本の指にはいるほどの強い霊力に目覚めました」


「そのようね」


 結子は言葉少なに、無表情で言う。


「和樹こそが、わたしの、東三条家の婚約者にふさわしいはずです」


 自信たっぷりに透子が言う。実際、七華族の家は、霊力に恵まれた人間を強く欲している。朱里が和樹に迫ったように、東三条家にとっても、和樹の存在は貴重だろう。


 一方の観月は不安そうだった。「このままだと兄さんを取られちゃう……」とつぶやいている。


 和樹も困った。観月は和樹のことを好きだと言い、透子も和樹のことを好きだと言って、互いに婚約者の地位を争っている。


 和樹にとっては、二人の少女にそう言ってもらえるのは嬉しいことではある。けれど、片方は妹、片方は幼馴染という大事な存在から、一人を選ばなければならない。


 ところが、結子がその状況を打ち破った。

 

「透子と和樹くんの結婚は認めません」


 はっきりと結子はそう言い切った。

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