第18話 兄さんがカッコよかったです!
拘束されている下着姿の観月に男が触れようとする。
観月は耐えるように、ぎゅっと目をつぶった。
このままだと観月と透子は連れ去られ、この男に陵辱されて、子供を産まされることになる。
そんなことを許すわけにはいかなかった。
強い怒りを感じるのと同時に、不思議な感覚が和樹の体に走った。力が湧いてくるような、全能感のようなものだ。
(もしかして……霊力!?)
和樹は生まれてから、ずっと霊力がなかった。そのせいで無能と嘲られていた。
和樹には何の力もないはずだ。
けれど、今なら――敵の魔術師の男を倒せる気がする。
和樹は一歩進み出た。観月が焦ったように叫ぶ。
「来てはダメですっ、和樹兄さん!」
「和樹……逃げて!」
透子も懇願するように言う。二人とも和樹のことを心配してくれていて、自分たちに待ち受ける運命を知りながら、和樹だけでも助かるように祈ってくれている。
そんなふうに自分を思ってくれる二人の少女を、和樹は見捨てるつもりはなかった。
「観月も透子も……必ず助けるから」
魔術師の男は失笑した。
「僕は君のことを知っていますよ。名門・祝園寺家に生まれながら一切の霊力のない無能。それが君だ」
「そうさ。俺は観月たちみたいに優秀じゃない。霊力もない、平凡な男だよ。それでも――妹たちぐらい守ってみせる」
「戯言を」
男は手をかざし、青い光の束を和樹へと向ける。観月たちと同じように、和樹のことも拘束するつもりのようだった。
「兄さんっ!」
観月が悲鳴を上げる。
もし和樹が本当に無能だったら、和樹も拘束されていただろう。利用価値のある観月たちと違って、和樹は殺されてもおかしくない。
けれど、そうはならなかった。
光の束は、和樹の手によって消滅させられた。
「なっ……馬鹿な!」
男が驚愕の声を上げる。優秀な観月や透子が手も足も出なかった相手だから、この男は優秀な魔術師なんだろう。
だが、和樹によって、その魔術はあっさりと無効化された。
明らかに、今の和樹には霊力があった。それもかなり強大な力だ。
男が舌打ちをする。
「祝園寺の嫡男が無能だというのは、嘘だったのか」
「さあ、どうする? 卑怯な魔術師さん? 俺の妹と幼馴染を返してもらおうか」
男はふたたび、和樹をめがけて別種の魔術を放ったが、無駄だった。和樹の圧倒的な霊力が障壁となり、男の攻撃を弾いてしまう。
男は分が悪いと思ったのか、光の束を回収して、そして、霊力を使って跳躍し、逃げ出した。
和樹は後を追おうとしたが、思いとどまる。
運良く男を撃退できたが、和樹は霊力の扱い方を十分にわかっていない。危険は避けるべきだ。
それに和樹の最大の目標は観月たちを助けることだった。
和樹は、ぐったりと床に倒れる観月に駆け寄る。
「観月!? 大丈夫?」
「はい。兄さんに……助けられちゃいましたね」
そして、観月は頬を赤らめて、和樹を上目遣いに見る。
その表情はとても嬉しそうだった。
「やっぱり兄さんはすごい人なんですよ。これで兄さんのすごさをみんなわかってくれますね」
たしかに霊力がないという理由で、他の七華族から軽蔑される理由はなくなる。
「兄さん、カッコよかったです。兄さんの子供なら、本当に生んでもいいかも……」
観月はそんなことをつぶやいて、それからはっと口を押さえた。そして、顔を真赤にしながら、和樹を見つめる。
「い、今のは忘れてください!」
「う、うん……」
そういえば、魔術師の男に襲われたときも、観月は「わたしが生むのは兄さんの子供だけです!」と叫んでいた。
透子の前でも、和樹の子供を生むと言っていた。
本気なのかもしれない。
和樹は下着姿の観月をちらりと見た。妊娠して、そのお腹が大きくなっているところを想像してしまう。
観月も和樹が変な想像をしていることに気づいたらしい。
「兄さん……やっぱり視線がエッチです」
「ご、ごめん」
「助けてくれたから、許してあげます。それにもとはといえば、わたしのせいですし。わたしが妊娠しているところ、想像しちゃいました?」
からかうように観月に問われ、和樹は言葉に詰まる。首を縦に振る勇気は、和樹にはなかった。
そのとき、後ろに人の気配がした。慌てて振り返ると、透子がいた。
透子はむうっと頬を膨らませて、和樹を睨んでいた。
「私のことを観月より後回しにするんだ?」
「そ、そんなつもりはなくて……」
透子はくすっと笑った。
「ちょっと悔しいけど、でも、助けてくれてありがとう。和樹が……そのカッコよかったし……」
透子もそんなことを照れながら言う。
そして、透子はささやいた。
「これで、私たち、何の問題もなく婚約者に戻れるわ」
「え?」
「あれだけの霊力があれば、お父様も和樹を婚約者として認めてくれるもの! ね?」
たしかに、東三条家が和樹と透子の婚約をなかったことにしようとしたのは、和樹が霊力なしの無能だったからだ。
だが、今は違う。どうやら、和樹には常人よりも遥かに多い霊力が眠っていたらしい。
透子は上機嫌で、でも、突然、顔を赤くした。
「観月は和樹の子どもを『本当に生んでもいいかも』って言ってたけど……私は『かも』じゃなくて、か、和樹の子どもを絶対に生んであげる」
「えっ……!」
「だって、私たち結婚するんだもの。子孫を作るのは魔術師の務めだし……」
透子は早口で言う。たしかに透子も魔術師の男に襲われたとき、「和樹の子供を生むのは、婚約者の私!」と叫んでいたけれど……。
透子は目を伏せて、恥じらっていた。
和樹はなんて声をかければいいのかわからなかったが、透子が本気で言ってくれているのはわかった。
和樹はなにか優しい言葉を返そうとして、でも、観月はそれが気に入らないみたいで口をはさむ。
「兄さんはわたしのものになったんです! 兄さんの子どもを生むのもわたし! 透子さんに兄さんは渡しませんから!」
「和樹はずっと昔から私のものなの!」
「兄は妹のものなんです!」
ばちばちと観月と透子が視線で火花を散らす。和樹は途方に暮れて、口を挟めずにいた。妹と幼馴染が、自分をめぐって言い争いをしているなんて、とてもとても現実のこととは思えない。
ともかく、婚約の件はなんとかしないといけない。
それに、あの魔術師の男のことも、七華族には知らせておかなければ。
その翌日。和樹と観月は、東三条家を訪れることになった。
<あとがき>
これにて2章も完結!
次章、二人目の妹が登場……!?
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