第17話 和樹の力、覚醒
異常に強い霊力の反応が近くにある。自分では霊力のまったくない和樹も、一応訓練を受けているから、霊力や怨霊の存在ぐらいはわかる。
そして、観月や透子の霊力以外に、なにか強い霊力がこの場にあることは明らかだった。
観月は慌てて抱きついた和樹から離れると、床に落ちた純白のブラを身をかがめて拾う。
その際に観月の形の良い胸が揺れ、和樹はどきりとした。観月は和樹の視線に気づいたのか、恥じらいながらブラをつける。その仕草もなまめかしくて、和樹はどきどきさせられた
「兄さんってば、ほんとにエッチ……」
観月はつぶやきながらも、少し嬉しそうだった。下着姿の観月も和樹にとっては刺激が強い。
観月は急に真剣な表情だった。
「わたしが兄さんを守りますから」
「やっぱり……」
「はい。ここには、おそらく怨霊がいます」
七華族の魔術師にとって、怨霊は敵であり、鎮めるべき存在だ。京都の街を守るため、戦わなければならない。
同時に、怨霊にとっても魔術師は倒すべき敵でもある。屋敷に結界が張ってあるから、そう簡単には入ってこれないし、そもそも怨霊の弱体化が進んでいるから、魔術師が狙われることは多くはないけれど、可能性としては否定できない。
そうなれば、戦わざるを得ない。そのとき、霊力なしの和樹は役に立たない。
自分の無力を和樹は痛感した。
でも、観月も透子も、和樹を足手まといだなんて思っていないようだった。
透子も和樹の前に進み出る。
「和樹を守るのは婚約者の私なんだから!」
「元婚約者でしょう?」
言い返しながら、観月も手を前にかざした。霊力を使って戦うつもりだ。
東三条家と祝園寺家の正当な後継者――それも極めて優秀な魔術師二人がいれば、たいていの怨霊に負けることはない。
ところが、現れたのは怨霊ではなかった。
扉を開けたのは、一人の男だった。三十代前半ぐらいだろうか。
背は高いが、髪が長く、目つきが陰険なスーツ姿の男だ。
観月が息を呑む。
「わたしたちと同じ魔術師……?」
霊力を持つのは怨霊だけではなく、魔術師もだ。
男は微笑む。
「いかにもそのとおりです。七華族のお嬢さん方」
「結界を破って入ってきて、何が目的?」
「あなたたちにとって良いことをしないのは確かですね」
和樹が透子をちらりと見ると、透子もうなずく。
京都の魔術師は七華族とその関係者しかいない。そして、七華族同士は交流があるから、そのほとんどは和樹たちとも知り合いだ。
だが、こんな男は全く知らない。
「目的はね、お嬢さん方の体なんですよ」
観月はさっと顔を赤らめ、そして、手で胸を隠す。
「どういう意味?」
「この街では魔術師は日陰者だ。だが、魔術を使い、怨霊を利用すれば、この国を影から操るほどの力を手に入れることもできる」
たしかに陰陽道と西洋魔術を組み合わせた、七華族の魔術は強力なものだ。
けれど、透子は首を横にふる。
「あなたが誰かは知らないけれど、魔術はこの街を守るために使うもの。そういう掟でしょう?」
「僕は七華族を追放された身でしてね。掟なんてどうでもいいんです。ただ、七華族を壊滅させて、その優秀な女性をさらい、子供を身ごもらせて次代の優秀な魔術師を産ませる。そして、この国を支配するのが僕の目的です」
「最低っ!」
透子が吐き捨てるように言う。そして、透子は手をかざし魔術を使おうとした。男を倒すつもりだったんだろう。
ところが、男の魔術の方が先に発動した。青い光が透子を包み、透子が悲鳴を上げる。観月もほぼ同時に男の魔術なのか、光の束のようなもので拘束されていた。
「やめてっ!」
透子が叫びながら抵抗するが、透子も光の束に絡め取られてしまう。観月は光の束に拘束されたまま、男のもとに引き寄せられる。
男はにやりと笑う。
「さて、二人とも、僕の子供を生んでもらいましょうか」
下着姿の観月は光の束で腕も足も縛られていたけれど、それでもきつく男を睨みつけた。
「わたしはあなたの子供なんて生みません! わたしが生むのは……和樹兄さんの子供だけなんだから!」
観月の叫びに、和樹は動揺した。きっと観月は本気で言っている。けれど、和樹には観月を守る力がない。
今も和樹には何もできない。
透子も、光の束に縛られ、苦しげなうめきを上げながら、和樹を見つめる。
「和樹の子供を生むのは、婚約者の私だもの!」
男は不愉快そうに二人の美少女を見つめた。そして、足元の透子を蹴る。
透子は「きゃあっ」と悲鳴を上げた。
「うるさい小娘たちですね。もうあなたたちは負けたんです。大人しく私の奴隷になりなさい」
男が倒れている観月の体に手を伸ばそうとする。
和樹は我を忘れるほどの怒りを感じた。
体に燃えたぎる熱が奔る。
(だけど……今の俺には何もできない)
けれど、このままだと和樹は大切な妹と幼馴染を奪われてしまう。そして、二人の少女には永遠に取り返しのつかない傷を負うことになる。
それだけは――許せない。
和樹の力が覚醒したのは、そのときだった。
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