第5話 あなたなんていなくても
「わたし……兄さんの……子供も生めますから」
「「へ?」」
和樹も透子もぎょっとした表情になって、顔を見合わせた。やがて透子が和樹をにらみつける。
「貴方、観月に何か変なことを吹き込んだの?」
「俺は何もしていないよ」
「なら、観月が変なことを言うのはなんで?」
たしかに、観月はとんでもないことを口走っているとは思う。
でも、観月は恥ずかしそうにはしているけれど、冗談を言っている気配はない。
「これはわたしの考えです。わたしが兄さんの子供を生むのは、祝園寺家にもメリットのあることです。東三条の娘――透子さんとの婚約がなくなったのなら、なおさら」
観月の言葉の意味を、和樹は正確に理解できた。透子もそうだろう。
気まずそうに透子は目を伏せる。
祝園寺観月、祝園寺和樹、そして東三条透子といった七華族の人間には、その血に特別な意味がある。
「魔術師の家系を絶やさない、ね」
透子がつぶやく。
「はい。そのために、わたしは和樹兄さんの妹になったんですから」
京都に残った七華族家には、共通の特徴があった。その家がすべて魔術師の家だったことだ。
かつて朝廷で用いられた呪術・陰陽道は、明治三年(1870年)に公式には禁止された。
陰陽道は明治政府によって無価値なものとして切り捨てられたが、七華族は密かにその陰陽道を西洋魔術と融合・発展させたのだ。
祝園寺子爵家は陰陽師を束ねる公家の一族であり、維新後に魔術師の家となった。東三条家は家格の高い公家だったが、歴代の当主は陰陽道に通じていて、同じく魔術を伝える。他の七華族も同じだ。
魔術師の家であることは七華族の誇りでもあり、使命でもあった。
平安京ができて以来、この地は多くの人々の愛憎が渦巻いた。
菅原道真、藤原顕光、崇徳上皇……といった歴史上の多くの人物が失意のうちに死を遂げ、彼らは畏怖すべき怨霊として、京都に存在する。
そうした怨霊を鎮め、京都を鎮護する役目を持つのが、魔術師の七華族だった。
そして、魔術の習得には、その基礎となる霊力が必要となるが、その多さは遺伝する。
七華族家の当主は魔術師であり、霊力に恵まれた存在であることがほとんどだ。
ただ……。
「俺は霊力のない無能だから、後継者が必要なのは確かだけどね」
自嘲するように和樹は言う。透子は黙って和樹を見つめている。
それが、和樹が婚約を破棄された最大の理由でもあった。
そんな和樹を気遣うように、観月はそっと上目遣いに見た。
「兄さんは無能なんかじゃありません」
「俺は魔術師になれない。わかっているよね?」
「それは……」
「でも、観月は違う」
観月はその霊力の多さを見込まれて、祝園寺本家に引き取られた。七華族同士は婚姻を通じて他家の血を取り込み、より霊力のある有望な子孫を残し、魔術師の家系を増やしていく。
観月は祝園寺の養女として、他家に嫁ぎ、魔術師の子孫を残すことを期待されていた。
反対に、和樹には霊力はまったく発現しなかった。幼少期に霊力がなくても、10代前半ぐらいまでには霊力を得ることはあるし、和樹もそれを期待していた。
けれど、そうはならなかった。
透子に婚約を破棄されたのも、和樹に霊力がないのが理由だ。
東三条家には娘しかいないので、透子と和樹のあいだに生まれた子供の一人を次期当主とするはずだった。
ところが、和樹が肝心の霊力がないのだから、そのあいだに生まれる子供にも期待できないということになる。
そして、祝園寺家にとっても困ったことになる。透子と和樹のあいだのもう一人の子供を、祝園寺家の跡継ぎにするはずだったのだから。
観月はまっすぐに、澄んだ瞳で透子を見つめる。
「だからこそ、わたしが兄さんと結婚して子供を生めばいいんです。透子さんが兄さんと結婚しないなら、わたしがその役目を引き受けます」
「でも、観月がそんなことをする義務はないじゃない!」
それはそのとおりだと思う。たしかに、もとはといえば、霊力を理由に観月を家族に引き取ったのは確かだ。
でも、今では観月は大事な家族だ。和樹も和樹の父も、観月を道具のように扱うつもりはなかった。
観月は首を横に振った。
「違うんです、透子さん。義務だからするのではありません。わ、わたしが兄さんと結婚したいから、そう言っているんです」
「う、嘘でしょう?」
「嘘じゃありません。……兄さんを振ったこと後悔しないでくださいね? 透子さんなんていなくても、兄さんとわたしは幸せになれるんですから!」
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