第6話 兄さんはわたしのものです

 観月ははっきりと透子を拒絶した。そして、和樹と結婚すると宣言した。

 そのことに、透子はショックを受けたようだった。


「で、でも……」


 透子は言葉を探していたようだったが、結局、黙ってしまった。

 そんな透子に、観月は追撃する。


「魔術師としても、わたしの方が透子さんより優秀なのは知っているでしょう? そういう意味でも、わたしの方が兄さんにはふさわしいんです」


「わ、私は東三条侯爵家の嫡流よ!? 観月に魔術で負けるはずはないわ」


「なら、試してみますか?」


 一気に空気が切迫する。どちらも本気で魔術を使いかねない。

 慌てたのは、和樹だった。二人のあいだに割って入る。


「二人とも、こんなところで魔術を使ったらダメだ。それが七華族のルールだよ」


 怨霊を鎮め、京都の街を守護する。それが七華族の役目だ。

 ただ、これはもちろん秘密になっている。


 怨霊の存在を言い立てて社会を混乱させるわけにはいかないし、そもそも魔術なんて存在は現代では受け入れられない。

 最悪、迫害される可能性だってある。


 だから、表向きの七華族はただの元公家の名家だ。


 観月も透子も魔術を人前で使ったらまずいことぐらいはわかっているはずだ。鴨川の河原はカップルでいっぱいなのだから。

 

 渋々といった様子で観月と透子は争うのをやめた。

 そして、口々に言う。


「透子さんが挑発するのがいけないんです、兄さん」


「観月が変なことを言うせいよ」


 和樹は肩をすくめた。妹と幼なじみが口喧嘩をするのを仲裁するなんて、できる気がしない。

 

 和樹が困っていると、ふたたび観月と透子は互いをにらみ合う。

 

「わたしは変なことなんて言ってません」


「兄の子どもを妊娠するなんて言うのは、どう考えても変でしょ?」


「結婚相手の子どもを産むのは普通のことです。本当だったらそれは兄さんと結婚するはずの透子さんの役目だったんでしょうけれど。でも、透子さんにはできませんものね?」


「わ、私だって和樹の子どもぐらい産めるんだから!」


 透子はそんなとんでもないことを叫ぶ。

 何事かと、周囲の鴨川に並ぶカップルたちがこちらを見る。


 透子も「しまった」という表情で顔を赤くしていた。


「い、今のは言葉の綾で……べつに私が和樹の赤ちゃんを妊娠したいとか、そういう話じゃなくて……」


「まあ、そうだよね」


 和樹はうなずいた。観月との言い争いでヒートアップしたせいで、透子はそんなことを口走っただけだろう。

 けれど、透子はなぜか、少し不満そうな表情を浮かべた。

 

 その表情の意味がわからず、和樹は少し不思議に思った。観月がふふっと笑う。


「透子さんって、むっつりすけべですね……」


「わ、私はエッチでも変態でもない!」


 また観月と透子がわあわあと言い争いを始めそうになる。


 このままここにいると、事態が収拾がつかなくなりそうだ。

 ともかく、この場を切り上げてしまおう。


 和樹は咳払いをする。観月と透子が和樹の方を振り向いた。


「えーと、観月。とりあえず帰ろうか」

 

「はい。わたしたちの家に帰りましょう!」


 和樹の言葉に、観月は嬉しそうに微笑む。一方、透子は不満そうだった。和樹が観月の肩を持ったと思ったのかもしれない。


「ちょ、ちょっと。和樹も観月も、私の話は終わってない」


「話ってなんですか?」


「だから、貴方達が結婚するなんて認めないってこと!」


「透子さんには関係のないことです。それとも、透子さんはまだ兄さんのことが好きなんですか?」


 そんなわけないだろう、と和樹は思った。透子も即座に否定するはずだ。

 ところが、透子は頬を赤くすると和樹をちらりと見た。


「べ、べつにそんなわけないけど……でも、和樹がどうしてもって言うなら、婚約の話、考え直してあげてもいいかなって」


 透子の意外な言葉に和樹は驚く。婚約破棄の話は決まったものだとばかり思っていたし、透子は完全に和樹のことを見限ったのだと考えていた。


 和樹が首をかしげていると、観月は微笑む。


「残念でした。兄さんはもう、わたしのものなんですから」


「か、和樹は貴方のものじゃない!」


「少なくとも、透子さんのものではありません。兄さんと一緒にいるのも、兄さんの恋人になるのも、兄さんの子供を産むのも、全部、全部、わたしの役割です」


「そ、そんな……!」


「……本当に大事なら、透子さんは兄さんを手放すフリなんてしなければ良かったんです」


 最後の言葉はささやくような小さな声だった。それでも、透子はその言葉に過剰に反応した。


「だ、大事なんかじゃない! 和樹のことなんて……どうでもいいんだから! 知らない、バカっ!」


 言うだけ言うと、透子は走り去ってしまった。

 和樹と観月は顔を見合わせる。


「透子さんのこと、ちょっといじめすぎちゃったかもしれません」


 観月はくすっと笑った。


「でも、兄さんはわたしのものです」


 小さな声で、幸せそうに観月はつぶやいた。

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