第4話 妹vs婚約者

 観月の言葉に、和樹は戸惑った。

 婚約者のフリをすると観月はいうけれど……そんなことをして、なにかメリットがあるだろうか?


「恋人よりも婚約者の方が強いですから」


「そんなRPGの戦闘力みたいな理由?」


「そうです。戦闘力が高いからです」


 観月は真顔で言う。

 どこまで本気かわからない。


「さっき結婚しないって言ったばかりじゃないか」


「こ、婚約者のフリをするだけですから!」


 観月は早口で言うと、頬を膨らませる。


「わたしが婚約者では不満ですか?」


「観月が婚約者で不満な男なんて、一人もいないと思うよ」


「兄さんも?」


「もちろん」


 そう答えると、観月はふふっと嬉しそうに笑った。


「そうですか……兄さんはわたしが婚約者だと嬉しいんですね!」


「いや、嬉しいとは言ってない――」


「違うんですか?」


 観月がしょんぼりとした表情になったので、和樹は慌てた。


「嬉しいよ。めちゃくちゃ嬉しい」


「なら、何も問題はないですね。今日から兄さんはわたしの婚約者です」


 観月がとても幸せそうに言うので、和樹はどきりとする。まるで観月が本当に和樹の婚約者になりたがっているみたいだ。


 でも、あくまでフリをするだけ……のはずだ。


「婚約者のフリをするってことは、父さんにどう説明するわけ?」


 和樹は聞いてみる。二人の父は、医者だった。祝園寺家は没落気味で、負債で屋敷を手放したりしているけれど、父は祝園寺家久々の秀才として活躍している。

 ただ、忙しすぎて家に帰ってくることは少ないけれど。


 その父に、「妹と婚約しました」なんて言えるだろうか?

 でも、観月は平然としていた。


「問題ないと思いますよ。だって――」


 観月はそこで言葉を切り、左手にある橋の方を見上げた。

 つられて、和樹も顔を上げると、木製の欄干から身を乗り出し、一人の少女が和樹たちを見下ろしていた。


 そこにいたのは東三条透子――和樹の婚約者、いや元婚約者だった。

 観月が手を振る。


「何しているんですか、透子さん! こっちに来たらいいじゃないですか」


 透子は和樹たちの視線におびえたように、びくっと震える。強い風が吹き、透子の肩までかかる髪を揺らした。


 少し迷ったようだけれど、結局、透子は河原へと降りて来た。観月が立ち上がったので、和樹もつられて立ち上がる。


 女子としては背の高い透子は、観月を見下ろしていた。


「なにしているわけ?」


 透子の問いに、観月はくすっと笑った。


「見ての通り、デートです」


「で、デートって、おかしいでしょ!? 貴方達、兄妹なのに」


「義妹は義理の兄と結婚だってできるんですよ、透子さん」


 歌うような綺麗な声で、観月は言った。


 そう。それはそのとおりだ。観月は正式に祝園寺の養女になっているけれど、法律上、結婚には何の問題もない。


 でも、透子は和樹と観月を見比べて、首を横に振る。


「さっき言ってたこと、本気なの? 観月が、和樹と結婚するなんて……」


「本気ですよ」


 観月が即答したので、和樹はちょっと驚いた。


(俺と二人きりのときは、本気で結婚するわけないって否定していたのに)


 言っていることが真逆なのは、透子の前だからだとは思うけれど。

 透子はびしっと人差し指を和樹たちに突きつける。


「そんなの認めないわ」


「何の権利があって透子さんはそんなことを言うんです? 兄さんとの婚約を破棄したくせに」

 

 観月と透子の視線が交差し、バチバチと火花を散らすかのような剣呑な雰囲気になっていた。

 昔から観月と透子は仲が良かったので、こんな険悪な雰囲気になるのを見るのは珍しい。

  

 透子は腕を組む。


「そもそも祝園寺の家がそんなとんでもないことを許すとは思えないわ」


「うちにとっては、むしろ好都合だと思いますよ」


 観月が言う。そして、ちらりと和樹を見て、なぜか顔を赤らめた。

 小声で観月は言う。

 

「わたし……兄さんの……子供も生めますから」

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