Chapter.4

 他の誰にも見られないとはいえ裸のまま室内を歩くのは妙な恥ずかしさがあった。でも、先輩が手を引いてくれていたから恥ずかしさよりも嬉しさが勝っていて、物語のお姫様もこんな気持ちなのかな、なんて考えてしまった。裸なのに──。



「電気どうします?」

……消さないで、ください……」

 入り口の照明スイッチから手を離す先輩。本当は恥ずかしいから消してほしい気持ちはある。でも、それよりも見えなくなる方が嫌だった。先輩の顔も、この部屋も。

 先輩の部屋は、今座っているベッド、衣裳棚に制服やカーディガン等をかけているハンガーラック、本棚しかない。まるで無駄な物は全て捨て去ったみたいに殺風景。だから、本棚の上に飾ってある写真が目立ってて。

「あれ。 この間の」

「えぇ。 みーちゃんとの大切な想い出ですから」

 その時。思わずホロリと、涙を溢してしまった。

「あの、どうして泣いてるんですか?」

「す、すみません。 先輩がちゃんと私を好きなんだと思ったら、つい」

「えぇー! 心外です」

 先輩は勢いよく私の隣に座り、子どものように不満げな顔をして『ボクってそんな軽い男だと思われてたんですか?』と、顔を覗き込んできた。

「そうじゃないですけど。 まだ先輩から、一度も好きって言ってもらってませんし……」

「確かに、言われてみれば。 では、みーちゃん」

 ドキリッ、とする。

 つ、ついに先輩が私に。す、すす、好きと言って──くれるかと思いきや『足を開いてください』と言われた。

 足を、開いて? 開いて? 開いて?

「ほらほら、早く」

 ニッコリ笑う先輩。

 その笑顔を信じて言われた通りにすると、先輩は私の前で片膝をついて、

「ねぇ、知ってますか? ここへのキスは、本当に好きな人にしか出来ないそうですよ」

「へ、そこ──ッ」

 普段、誰にも触られない場所に。優しく、唇が触れた。

「これで分かってもらえましたか?」

「……はい……」

「これからなのに。 その様子では先が思いやられますね」

「えっ」

 照れてる暇なんかなくて。

 気がつくと、ベッドに押し倒されていて。

「大好きだよ。 海子みこ

「ッ‼︎ わ、私も、です。 せ……み、瑞樹みずき、さん──」




 ──その時の先輩はいつも以上に優しくて、


 キスは、もっと独善的な愛をぶつけ合う。貪りあう。

 そういう剥き出しな感情でするイメージがあったのに、違っていた。

 先輩のは、パズルを解くように、水底から掬い上げるように。

 刻みつけるんじゃなくて、置いていく。


 触れる手も、同じ。ただ触れるんじゃない。激情に流されず、繊細に撫でる。

 点と点を繋ぐように、溢れる熱を導くように。

 一歩間違えれば、落ちていく。そんな危うさを支えてくれる。


 少しでも異変を感じ取れば、その口で気づかってくれる。

 不安を拭い去るように、その口で『可愛い』と言ってくれる。

 私が求めている時は、その口で『海子みこ』と。名前を呼んでくれる。


 そんな優しい先輩でも、多少の痛みは伴う。

 けれど、その痛みを与えるのが先輩で良かった。先輩だから痛みに向き合える。愛おしく感じる。

 そう、嫌いな自分さえも愛おしく。

 これから先ずっと、先輩が良い。この痛みを、私だけのものに。


 ずっと夢見ていた一瞬。




『起きてますか?』

 先輩の声。

「……うん……」

『ねぇ、一度しか言わないからよく聞いてて』

「……はぃ……」

『実はね、あの子とは前戯で揉めてしなかったんだよ』

「……んぅ……」

『だから、ボクの初めては』

「……ん……──」








「──んぅ……」

「起きて、みーちゃん。 もう朝ですよ」

「先、輩?」

 何だろう。背中がすごく暖かくて──ッ‼︎⁉︎

「おはよう」

「……お、おはよう、ございます……」

「どうして顔を隠すんですか?」

「せ、先輩こそっ、ど、どうして……抱き、しめ……て……」

「勿論、初めての朝だからですよ。 ね?」

「……うぅ……そういうの、ズルいです……」



 ✳︎



 ──先輩の言う通り『初めての朝』は、何だか落ち着かなくて、朝ごはんに何を食べたかも朧気だった。

 でも、


「ねぇ、先輩」

「何ですか?」

「先輩はえっちがヘタです。 だから、絶対に他の子とはしないでくださいね」


 その一言だけは、ハッキリと覚えている。




 fin.

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先輩はえっちがヘタです。 メロ @megane00

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