第7話

 気付かれないようにドアを開けて侵入も考えたが、それは無理、という結論になった。何故ならさっき屋上の様子を確認した時、男子生徒の椅子は屋上のドア側を向いていたから。どれだけこっそり開けようとも、目の前のドアを開けて気付かれないのは無理がある。

 壁伝いにこっそり屋上に上がるか? と狼に提案されはしたが、その場合は羊がそのまま地面に向かって真っ逆さまに落ちていくので却下。

 気付かれないように屋上に入るのは無理なので、どうせバレるならド派手に行こうぜ、ということで屋上のドアを力いっぱい蹴り開けることにした。狼が(羊が下手にやると足を怪我する)。バーンッ! と討ち入りのようにドアが勢いよく開いてカッコイイことカッコイイこと(これはこれで跳ね返ってきたドアに羊は死に掛けたが)。

 屋上に来た急な来訪者に驚きはしたようだが、男子生徒の余裕の表情はまだ崩れない。それもそうだろう。見張りを潜り抜けてきたとはいえ、屋上にはまだ30人弱の女子たちが居る。対して乗り込んできたのは男子が二人。性差で覆すには些か無理な人数差だ。

 屋上に入った瞬間に女子が一斉に襲い掛かって来るものかと思っていたが、どうやら完全な統率が取れているみたいだ。男子生徒に命じられれば何でもやるが、裏を返すと、命じられるまでは何もしない完全指示待ち型らしい。こうなって来ると狼だけ(羊は死ぬので)壁伝いに屋上に上らせて背後を突く作戦を取らなかったことは悔やまれるかもしれない。指示される前に全てを片付けることができたかもしれないのに。

「これはこれは。羊くんに狼くんじゃないか」

 男子生徒は手で女子たちのマッサージを止めると、足を組み直してこちらに話し掛けてくる。

「おやおや、僕らも有名になったものだな。初対面の相手にまで名前が知られているなんて」

「……同じクラスなんだが」

「……大変失礼いたしました」

 とりあえず謝る羊。どんな状況だろうと自分が悪いと思ったら謝らなくてはいけない。それが大人というものだ。

 それはそれとして頭を下げたまま隣に居る狼に聞く。

「……あんな子居たっけ?」

「自慢じゃないが俺はフツーにクラスメイトの顔と名前なんて半分も覚えてねー」

「ホント自慢にならねー」

 おまけに参考にもならない。あんな派手な髪をかき上げて、大胆に胸をはだけている男子が居たなら忘れないと思うのだが。羊の記憶力が悪いのだろうか?

「まぁ、分からなくても無理はないかな。僕は今日生まれ変わったのでね」

 髪をかき上げた指には太陽の光を反射させる指輪が付いている。そう。件の指輪である。あれをどうにか外させなければいけないが、果たしてどうしたものか、と羊が考えている横で狼は、

「生まれ変わられちゃ尚更分からねーな。夏休みぶりに会っただけでもクラスメイトの大半を忘れてるっていうのに」

「それはそれでおかしいと思う」

「一か月も会ってない人間の顔なんて覚えてられるかよ。ってわけで、ちょっと失礼。はい、チーズ」

 パシャっと、スマホのカメラで男子生徒を撮る狼。それから何かのアプリを起動させる。

「何それ?」

「いや、夏休み明けに女子に『久しぶり~』って話し掛けられた時に『どなた?』って返事したら『酷いっ!』ってハタ迷惑にも泣かれたことがあってだな」

「120%君が悪いと思う」

「以来、泣かれちゃ面倒なんで、生徒の情報を検索できるアプリを自作した。名前やプロフィールでも検索できるがどっちも分からんので今画像検索かけてるところだ」

「そんな小難しいことやるくらいならクラスメイトの顔くらい覚えた方が早いと思うんだけど」

「調べりゃ分かることをわざわざ覚える必要もないだろ。……っと、出た……ぞ?」

 随分歯切れ悪く狼が画面を見せてくるので、羊もその画面を覗き込むと、

 いや、もう別人じゃん。声には出さずに心の中だけで思う羊。そりゃ狼の歯切れも悪くなるというもの。画面に写っているのはごく普通な、大人しそうな、偏見全開で言うが、昼休みとか教室の端っこで読書でもしてそうな男子である。目の前に居るド派手な男とは似ても似つかない。

「このアプリ壊れてない?」

「人間の目より機械の目の方が正確だぞ。見ろ、輪郭や目・鼻・口が一致してるらしい」

「言われてみれば確かに……」

 画面と男子の顔を交互に確認する。確かに、それこそ夏休み明けにイメチェンでもしたらこんな感じかもしれない。狼ではないが、これなら話し掛けられて『どなた?』と言っても仕方ない気はする。

「これ指輪のせいで変わったの? それともどこかのタイミングで盛大なイメージチェンジを果たした後にたまたま指輪を拾っただけなの?」

「生まれ変わったって言ってるくらいだから今日じゃねーの?」

「僕が指輪を落としてからまだ1時間も経ってないくらいだと思うんだけど、何がどうあれば人はああも変わるわけ?」

「力を手にして力に溺れると、人は分かりやすく変わるっていう典型例だな」

「そこ、さっきから何をぶつくさ言っている」

 男子生徒を完全無視して二人で盛り上がっていたのが寂しかったらしく、男子生徒が会話に入ってきた。

「……まぁ、いい。ここに来た理由におおよその検討は付く。ここまで来られたのは些か予想外だがね」

「もし次の機会があったら、見張りには不規則に動くように伝えとくんだな。行動パターンが読めてる見張りなんて怖くねーぞ?」

「なるほど、次からは気を付けよう」

 男子生徒にはさほど動揺した様子が無い。羊たちがここ屋上までやってくる経緯を見ていたわけではないから、真に受けていないのかもしれないし、純粋にアドバイスとして受け取ったのかもしれない。男子生徒はグッと椅子の背もたれに体重をかけ直すと、

「君たち、好きな人は居るのかな?」

 一気に話題を変えてきた。修学旅行の夜ではあるまいし、楽しく恋バナをしましょう、なんていう状況ではないハズだが。羊が質問の意図は図りかねつつも『好きな人』と言われ、分かりやすく反射的に美月の方に視線を移した瞬間、狼に頭をチョップされ我に返る。そんなやり取りに男子生徒は気付いたのか気付いていないのか、

「まぁ居なくてもいい。居なくても気になる女子くらい居るだろう。好きな女子の名前を言うといい。私がその子たちに命じて、君たちと付き合えるようにしてあげようじゃないか」

 命じて付き合わせる、何ともまぁ凄いことを言い出したものである。どんな願いも3つだけ叶えてくれるランプの精でも叶えられない禁止事項じゃなかったっけ、とか羊が思っていると、狼には違った意味合いに聞こえたらしく、

「何だ何だ何だ? 『世界の半分をくれてやろう』みたいな、魔王みたいなこと言い出しやがって。どうせ『はい』選んでも『いいえ』選んでも戦闘シーンに突入すんだろうが」

「ゲームのやり過ぎだ、君は。そんな面倒なことするわけないだろ」

「そうだよ。今日日のゲームはそんなに優しくないぞ。間違った選択肢選ぶと即座にバッドエンド。おまけにセーブデータ破棄されるんだから」

「マジかよ、中々ハードモードだな」

「ゲームのやり過ぎだっ! 二人ともっ!!」

「「えーっ」」

「何でそんな不満げな顔ができるんだ君たちはっ!!」

 嫌と言いづらい世の中だからこそ、嫌なことは嫌と言える大人になりたいと思うバカ二人。一方、男子生徒はやや疲れ気味に釘を刺してくる。

「まぁ、この子はダメだが」

 一人だけ特別と言うべきか、罰ゲームと言うべきか、男子生徒の膝の上に頭を乗せ、その頭を延々撫で撫でされている女子が居る。大分イチャイチャ度の高いリアルカップルでも中々見ない光景のような気がするが、女子生徒は飼い主に懐く猫のように嬉しそうな顔をしている。というか、あの女子、見覚えのある顔を見て羊が呟く。

「あの子……」

「何だ? 知り合いか?」

「クラスメイトだよ、君は本当クラスメイトの顔と名前覚えないな」

 お前が言うな、的な視線が男子生徒から突き刺さるが、とりあえず無視である。

「ほら、教室に入ったり廊下ですれ違ったりすると明るく笑顔で挨拶してくれる元気な子、居たでしょ?」

「んー? ……ああ、そーいやそんな挨拶botが居たような……?」

「botって……、まぁいい。多分その子で合ってるよ」

「声聞きゃ分かるかもな。挨拶されると顔も見ないで適当に挨拶返してるから顔覚えてねーんだ」

「良かったよ、挨拶を返すくらいの常識はあって。次からは顔見て挨拶できるようになるといいな」

「へー、」

 い、と狼が気の無い返事をしようとしたところ、

「全くだっ! よりにもよってこの子のことを忘れるだなんて……っ!! この学校の生徒として恥を知りたまえっ!!」

 男子生徒、まさかのブチギレである。ややドン引きながらも狼はとりあえず『ご、ごめんなさい……』と謝ってから小声で、

「うわぁ……。推しのことを忘れられて厄介なオタクがキレてやがる……。まぁ、忘れた俺も悪いは悪いがそんな怒らんでも……。……ん?」

 ふと、狼は先ほどの生まれ変わる前の男子生徒の顔を思い出した。偏見ではあるが、あの大人しそうな、女子と話したこと無さそうな顔。狼は声を潜めたまま羊に話し掛けてくる。

「おい。あの子って確か、色んなやつに挨拶してたよな」

「そうね。それこそbotみたいに人とすれ違えば、って感じ」

「当然男女分け隔てなくだよな、俺にも挨拶してたくらいだし」

「そうね。性別、学年、生徒、教師問わず、って感じ」

「ひょっとして……」

「察しがいいね、その通りだよ。普段女子から話し掛けられることに免疫が無い男子ほど、女子から笑顔で挨拶してくれた、ということにいたく感激してそのままコロッて好きになっちゃうんだ。挨拶するだけで内気な男子たちが次々と陥落していってるよ」

「罪な女……、とは流石に言い難いな。挨拶してるだけだしな」

「本人完全無意識・無自覚だしね」

「だろうな。挨拶しただけ惚れられるって、天然であの指輪と同程度の力持ってねーか?」

「まぁ、一個残念なのは、惚れさせるだけで告白までは発展しないってことなんだけどね。何せ、モテてる相手が主に『女子から挨拶されただけで好きになるほど女子に免疫の無い男子』だからね。女子に免疫無さ過ぎて、本人に告白できない子がほとんどなのさ。で、告白まで発展しないから、モテてる、ってことにも本人は気付かない」

「何か色々勿体無いな」

「まぁ、モテるって自覚したらそれはそれで怖いような気はするけど」

「目の前に前例があるからな」

「何をゴチャゴチャ言っている?」

 男子生徒、二度目のカットイン。話に混ぜて貰えないとすぐ割り込んでくるんだから。かまってちゃんなのかしら?

「で、どうするんだ?」

 男子生徒が聞いてくるが、急に『どうするんだ?』と、聞かれても、

「「何の話?」」

「ほんの数秒前の記憶をどこに置いてきた君たちはっ!? 好きな子と私が付き合わせてやろうか、という話だっ!!」

 ああ、そういえばそんな話があったな。どこでどうして脱線した? 二人が不思議なこともあるもんだー、とお互いに首を傾げていると、

「何なら別に一人に絞らなくてもいいぞ。この子以外なら何人だろうと好きに選べばいいさ。それこそ半分くらい分けてやってもいい」

「……何だよ、さっきから随分気前がいいじゃねーか」

 経緯は遅刻をしたのでよくは知らないが、自分以外の男子を教室に閉じ込めたような人間がしてくる提案とは思えない。その気になれば、今屋上に居る女子たちに命じて狼たちを拘束することもできるだろうに。いや、それとも閉じ込められている男子勢はこの提案を断ったことにより閉じ込められているのだろうか?

 顔色は変えずに考えていた狼だが、そんな狼から何かを感じ取ったのか、それとも狼の『気前がいい』という質問に純粋に答えただけなのか、男子生徒が言う。

「もちろん、君たちを力づくでここから排除することは簡単だ」

 ザッ、と。その言葉に呼応するように、男子生徒の身の回りの世話をしている女子たちを除いた、近衛兵の女子たちが狼たちを囲うように立つ。箒だ、竹刀だ、金属バットだ、全員何かしらの武器を手に持っている。これだけの女子に囲まれるなんて中々嬉しい光景のハズだが、この数の武装をした、敵意丸出しの女子たちに囲われるのは中々恐怖である。

 これは果たして交渉なのか、それとも脅しなのか、狼が考えていると、

「簡単だが、だ」

 男子生徒が言葉を続ける。女子たちも命があるまでは待機らしく、武器を持ち、いつでもこちらに向けられるよう準備はしていても、一応まだこちらに構えてきてはいない。男子生徒が一声かければ一斉に襲い掛かって来る。そんな感じだ。

 やっぱこれ脅しだろ、と狼が結論づけていると、

「指輪の秘密を知る者同士仲良くする、そういうのもありかとは思っているのだよ」

 そう言って男子生徒は羊の方を見る。見られた羊はスッと視線を背後に逸らす。近衛兵の女子と目が合う。何もしていないハズなのに初対面の女子たちに一斉に物凄い顔で睨まれた。怖い。

「おいこら、睨まれたら睨み返すか、目を逸らすなりしてくれ。恐怖で涙目で固まらないでくれ。ほらみろ、近衛兵が悪いことしたみたいな顔になってるじゃねーか」

 そうは言うが、狼みたいに睨まれ慣れているわけではない。数は暴力とも言うし、あの数の人数に一斉に睨まれると普通に泣き出すくらい恐怖である。羊は滲んできた涙を拭ってから、

「な、何で僕の方を見るのかな?」

「元々は君の物だろ? この指輪」

 そう言って男子生徒は自分の指輪を掲げて羊に見せてくる。げっ、バレてる、と思った羊は反射的にスッと視線を背後に逸らす。近衛兵の女子と目が合う。何もしていないハズなのに初対面の女子たちに一斉に物凄い顔で睨まれて同時に舌打ちされた。超怖い。

「おいこら、舌打ちされたら舌打ちをし返すなり何なりしてくれ。無言で財布を差し出すんじゃない。ほらみろ、近衛兵たちが大慌てで謝ってきたじゃねーか」

 そうは言うが、狼みたいに舌打ちされ慣れているわけではない。数は暴力とも言うし、あの数の人数に一斉に舌打ちされたら反射的に財布くらい差し出すというものだ。財布を差し出す羊と受け取り拒否する近衛兵が財布の押し合いへし合いを繰り返していると、

「……君たちは一回一回ふざけないと人の話を聞かないのかい?」

 男子生徒が頭痛がする、とでも言うように頭を抱えている。それを見た羊は、

「何? 頭痛いの? それなら頭痛薬いっぱい持ってるよ。これが軽度な頭痛用、これが吐き気を伴っている頭痛用、これが熱も出ている頭痛用、これが……、」

「何でそんないっぱい持って……、ああ、いや、いい、いい、いい。また話が脱線しそうだ。君たちが5分でも真面目に話を聞いてくれればすぐに治まる頭痛だ」

 何かこちらのせい、みたいな言い方が若干羊には気に入らない。話なら大真面目に聞いているじゃないか。

「朝の光景を一部始終見ていてね」

 不満げな羊は放置して、男子生徒は話を続ける。

「指輪を付けた瞬間、君に殺到していった女子たち。そして指輪が外れた瞬間、興味が無くなったように離れていった女子たち。まさかとは思ったが、試してみたら案の定だったよ」

 やはり朝あの時、指輪を落としたあの時に拾われていたのか。しかもちょうど、指輪の力の実演までしてしまったらしい。指輪の秘密さえ知らなければ、あの指輪は見た目は何の面白みも無い指輪だ。わざわざ拾って付けたくなるようなものでもない。

「まぁ、朝の光景を見ていたところ、君はまともに指輪の力も使いこなせていなかったようだからね。ひょっとしたら指輪が私のことを選んで、私の足元に転がってきたのかもしれないが」

 羊が指輪の力を使いこなせず、何なら指輪の力に振り回されたのは事実だが、転がっていったのはたまたまだと思うが、まぁ、物は言いようか。

「悪くない提案、どころか、破格の提案だと思うがね。何せこんな提案、私には何のメリットも無いんだ。これは指輪の力を使いこなせなかった君を思いやっての提案だ」

 思いやって、なのだろうか? いや、確かにこの提案は男子生徒には何のメリットも無い提案だ。そういう意味では思いやってはくれているのだろう。もしくはこんな素晴らしい指輪の力を使えなかった人、と憐れんでいるのかもしれない。

 実際、羊が指輪を付けてもその力は美月には効かなかった。だが、男子生徒が付けたところ、指輪の力はしっかりと美月にも効いている。それは近衛兵のように竹刀を構えていることからも間違いない。

 指輪を使えなかった羊に代わって、指輪を使える男子生徒が代わりに美月と付き合わせてくれる。見返りを特に求めるわけでもない。なるほど。確かに破格の提案かもしれない。


「好きな人の名前を言うといい。それで君の恋愛は成就する」


 ダメ押しのように、男子生徒がそう言ってくる。

 名前を言うだけで100%叶う恋。フラれて傷付く心配も無ければ、それどころか、勇気を持って告白する必要さえない。相手が一方的に、それも絶対的に好きになってくれる。

 元々、傷つきたくなくて。告白をしないでずっと片想いをしていたような羊だ。それが今、傷つかないで両想いになれる、そんな千載一遇のチャンスが来た。


 羊の答えなんか決まっていた。


「遠慮しとく」


「………………何?」

 断られるなんて思っていなかったのだろう。予想外の返答に男子生徒の頭痛は酷くなったようであった。そこには申し訳ないと謝っておくが、どうやら根本で羊と男子生徒の考え方は違ったようだ。道理でさっきから話が合わないわけだ。

 羊は美月のことが好きだ。いっそ大好きと言ってもいい。

 だから、美月に好かれたい、という想いは羊にもある。嫌われたくない、という想いが先行して結果何もできてはいないが、好かれたい、という想いがあるのは間違いない。そして、できれば付き合ってみたい、そうも思う。好きのままで満足なんて謙虚な人間ではない。羊は欲深いのだ。好きになったのだから、その恋を叶えたい、という願望がある。

 それは、指輪の力に縋ってでも、いや、むしろ縋りでもしなければ、叶わない夢なのかもしれない。だが、


 私他に好きな人が……。


 他に好きな人が居る、美月は告白を断る度にそう言っていた。それが方便なのかは分からない。だが、もし本当に居るのであれば、美月に好きな人が居る、その気持ちを完全に無視して、好きでも無かった羊のことを無理やり好きにさせることになる。

 そんなこと、羊にはできない。

 昨日、愚痴混じりにフードの人物が言っていたが、その通りだとも思う。モテる努力もしていないのにモテようとしているのが、そもそも間違いなのだろう。美月だってきっと、モテようとしたのかまでは分からないが、何かしら努力をしてモテるようになったのだろう。それこそ、もし好きな人が本当に居るのであれば、その人に振り向いてもらえるよう、一生懸命努力しているのかもしれない。モテたのはその副産物に過ぎないのかもしれない。

 そんな美月の努力を無かったことにして、何も努力していない羊が、横から美月の好きな人を変えていいわけがない。

 努力して好きな人を変えさせたならばいい。それはむしろ誇っていいことだろう。だが、こんな不思議な指輪の力に頼って、無理やり好きな人を変えさせたのであれば、それは誇れるようなことではないだろう。

 羊は美月のことが好きだ。だから、美月の自分宛ではない恋愛を応援できるかと言われると、それはできないと答えるだろう。だけど、美月の恋愛の邪魔はしたくない。矛盾する感情ではあるが、好きな人の努力は報われてほしい。そう心から思う。


 羊はきっと、この指輪を使うのには、美月のことを好き過ぎるのだろう。


「そんな指輪の力なんかに頼らなくたってなっ! 僕は美月ちゃんと付き合って……、……付き合えるように頑張ろうと思いますっ!!」

 何とも頼りない宣言だ、と狼はため息を吐く。

「そこは断言してほしかったぜ、相棒」

「確信が持てないことは断言しない。これが大人の話し方だ」

「お前はさぞ立派な大人になるだろうな」

 狼が皮肉を言っていると、周囲の武器を持っていた女子たちが正式に武器を構えた。きっけかは間違いなく男子生徒。

「そうかい。残念だ」

 男子生徒のその言葉を合図に、周囲の女子たちが武器を構えながら一歩一歩、その包囲を狭めていく。

 あの状況で要求を突っぱねたのだから当然こうなるわけだが、

「さて相棒。大見得? 切ったんだ。その後の展開ももちろん考えた上でだよな?」

「も、もももも、もちろん?」

「何も考えないで大見得(笑)切りやがったな、お前」

「笑うな! 人の一世一代の大見得だぞっ!」

「あれが最後じゃダサいんで、いつか更新できるといいな」

「絶対ごめんだいっ! そんな大見得切らなきゃいけないような場面なんてっ!!」

 周囲を囲われているから自然と二人は背中合わせになるように立つが、狼の背中を預けている奴が頭だけ最低限守ります、というへっぴり腰ファイティングポーズをしているものだから狼の背中がまー頼りないこと。おまけに完全他力本願らしいく、へっぴり腰スタイルのまま聞いてくる。

「この数何とかなる?」

「加減無しでぶっ飛ばしていいなら何とかなるかもしれんが、流石に操られてるだけのやつをぶっ飛ばすのもなぁ……」

「ダメだよ、そんなことしちゃあ、可哀想じゃん」

「だから別にやるとは言ってねーだろ。こっちだって寝覚めが悪いし、ましてや愛しの美月ちゃんを傷付けようものなら女子より先にお前に背後から刺されそうだしな」

「………………やだなー、そんなことするわけないじゃん」

「迷ったな? 今」

 おまけに背後が見えないから羊の顔が見えないが、絶対目が笑ってないような気がする。身の危険を感じた狼はスススーッと位置調整して、羊を美月の前に持ってくると(この状況下でも美月と目が合うと照れるらしい気配が背中越しに伝わってきた、乙女か)、

「じゃあ、愛しの美月ちゃんは任せるわ。思う存分殴られてくれ」

「えー、僕そういう趣味無いんだけど……。……ああ、でも好きな人に性癖を歪めさせられていくっていうのもそれはそれで」

「お前って本当たくましいな」

「そのバカどもの口を今すぐ閉じろっ!!」

 男子生徒のその怒号を合図に周囲の女子たちが一斉に襲い掛かって来る。狼は手慣れたもので、襲い掛かってきた女子たちの手から素早く武器を取り上げたが、羊はもう諦めているので頭だけ抱えて縮こまっている。世話の焼ける、と羊に意識を取られたのが良くなかった。横から振り下ろされた箒への反応が遅れた。

 無抵抗で頭だけ抱えている羊の背中に竹刀が、よそ見をした狼のこめかみに箒が迫る。

 しかし、

「っ!?」

 狼は目の前で不可思議な現象を見た。目の前まで迫ってきていた箒が当たる直前で寸止めのように止まっている。背後を見てみると、こちらも同様で、羊の背中に迫っていた竹刀が当たる寸前で止まっている。

 いや、それだけではない。ある者は狼が武器を取り上げた時の反動か、地面に尻もちを着こうとしている中途半端な姿勢で止まっている。ある者は狼が武器を弾いた時の反動で背後にのけ反った姿勢のまま固まっている。周りに居る女子たちも皆、動作の途中で止まっている、という感じだ。これは、


「時間が……、止まった……?」


 そうとしか思えない景色に狼が呟くと、


「ブーッ、外れ」


 いつの間にか屋上に居たフードの人物がそう言った。

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