第5話

 平常運転で学校周辺の空き家に忍び込み(不法侵入、というクレームは今現在受け付けない。論点はそこではないのだ)、手慣れた動作で双眼鏡片手に校舎の様子を覗き見する羊と狼。

「……これどういうこと?」

 見てもよく分からないので、双眼鏡を外さずに羊が聞くと、狼も双眼鏡を付けたまま、

「知らん。お前の仕業かも、と一瞬思ったんだけどな」

「そんなことする人間に見える?」

「そんなことをしたいと脳内では考えていても行動には移せないヘタレの人間に見えている」

「………………」

 図星を突かれてスーッと視線を逸らす羊。何だ? 別に思う分には何を思おうが自由だろう?

 彼らが覗いている校舎の様子。そこでは校舎が女子生徒によって占領されていた。

 ……何だ? ちょっと何言っているか分からない、という顔だな。いいだろう。では、少し補足していくことにしよう。

 学校の教室に男子が閉じ込められている。角度的に見づらくはあるが、見えている一部の男子から察するに床に座らされて、両手を机の脚に縛られているらしい。教室内、いや訂正。校舎内で立っているのは確認できる限り女子だけだ。教室内、教室外のドアの前には男子が逃げ出さないよう見張りの女子が立っており、まだ拘束できていない男子を探すように女子が廊下を巡回している。抵抗する男子には容赦しないということか、箒やバッドや竹刀など、校舎内の女子は漏れなく武装している。ちなみに、教室だけピックアップしたが、職員室も似たようなものだ。

 よし、補足した。その上でもう一回聞こう。

「何これ?」

「知らん。遅刻して良かったらしいことは分かるけどな」

 確かに。時間通り登校していたら同じように教室内に閉じ込められていたのだろう。

「こんな急に女子が一致団結蜂起して、男子相手に戦争を起こす理由に心当たりが無くてな。で、昨日の話を思い出して、ひょっとしたら昨日の指輪は本物で、女子にモテて好き勝手命令できるようになったお前がやりたい放題やってるのかと思ったんだがな。こっちはこっちでまさか指輪を無くしてやがるとはな」

「あの時拾われちゃったんだろうなぁ……。道理でどんだけ探しても見つからないんだ」

「ってことは、多分指輪を拾ったやつが女子に色々命令できるってことを知って、好き勝手やってんだろうな」

「全校生徒の中から一人の生徒を見つけ出す、か。これは骨が、」

「簡単だ」

「折れそう、えっ?」

「簡単だ」

「何で?」

「お前の言う通り、全校生徒の中からたった一人の指輪を拾った人物を見つけ出すのは大変だろうが、わざわざ分かりやすく男子を教室に閉じ込めてくれてんだろ。だったら、学校内に居る拘束もされていない無事な奴が指輪を付けて女子を操ってる張本人じゃねーか」

「あー、なるほど」

 言われてみればそうだ。指輪を付けても追いかけ回されるか、無視されるか、突進されるかでこんな女子を操るなんて器用な真似はできなかった羊の考慮からは抜けていた。

「おまけに教室は監禁場所として使ってるわけだしな。となると、使えそうな場所も限られてくるよな」

 さほど迷う素振りもなく、狼は目線を上へと上げていくと、

「ああほら正解。バカと煙は高い所が好きってな。分かりやすく屋上でふんぞり返ってやがる」

 言われて羊も視線を屋上へと向けると確かに、校長室からパクってきたのか、学校内で一番座り心地の良さそうな椅子にふんぞり返って座り、周りを女子たちで囲っている。ある女子にはどこから持ってきたか分からない大きな扇で自分を扇がせ、ある者には開けた自分の口の中にお菓子を入れさせ、ある者には足や腕、肩などをマッサージさせておりと、どこかの国の国王か、というくらいやりたい放題やっている。

「仮にもし俺が好きな人に『足を揉め』なんて言われて足を突き出されたら、次の日立ち上がれなくなるくらい足を捻り上げてやるけどな「それはそれでおかしいと思う」うるさいな、論点はそこじゃない。それがあんなこれ以上幸せなことなんてありませんっていう極上の笑顔で足を揉めるんだからあの指輪の力って恐ろしいな。確か彼氏持ちだったろ、あの子」

「何かもう『モテる指輪』って言うより、『人を支配して好き勝手操る指輪』になってない?」

「似たようなもんだろ。要するに、言うことを何でも聞いてしまうほどに自分のことを好きにさせてしまう指輪、ってことだろ? それこそ今みたいに悪用して、学校を乗っ取るなんてことができちまうほどに」

 仮に学校一のモテる男子が全校生徒の女子に対して、『今から全員で学校を乗っ取れ』と命令したところで、従う者などほとんど皆無だろう。それはやはりその人のことを好き、その人に好かれたい、という想いとは別に、悪いことは悪いこと、という常識や道徳があるから。何だったらその発言で好きという気持ちが冷める可能性さえある。それを問答無用で従わせてしまえる辺り、やっぱりあの指輪は常識の外に居る指輪なのだろう。

「あれ、指輪取り戻した後我に返って、あの子たち死にたくなったりしねーよな?」

「ああ、その辺は大丈夫だと思う。指輪の力が働いている間の出来事の記憶は指輪を外した後には残らないらしいから」

「ああ、ちゃっかりしっかり指輪の力を試してたのな」

「うるさいな、論点はそこじゃない。だから指輪を取り返せさえすれば全部丸く収まるとは思うんだけど」

「収まるか? 聞いた話だと記憶消えるの操られた女子たちだけなんだろ? 突如武器持って暴れ回った女子たちに軟禁された男子たちの記憶ってしっかり残るんじゃねーの?」

「………………まぁ、それはもう僕たちの知ったことではない」

「そうだな」

 人間、自分にできないことをあれこれ考えても時間の無駄である。できないことはできないとキッパリ諦め、自分ができることに集中する切り替えが必要なのである。

「とりあえず、アイツがセクハラ染みた命令をし始める前に何とかするか。お前の愛しの美月ちゃんも居ることだし」

「え? 美月ちゃんも?」

「あんだよ、気付かなかったのか? 真っ先に気付くかと思ってたが。まぁ、何か今のところ、ただ立っている取り巻きの一人になってるけどな。運良くアイツのタイプではなかったみたいだな」

 言われて屋上をもう一度よく見てみると、確かに、男子生徒の身の回りのお世話をさせられている女子たちとは別に、女子たちがその周囲を囲うように立たされている。

 察するに、直接身の回りのお世話をさせている女子たちが男子生徒のお気に入り、その他の女子は近衛兵のような護衛として立たせている、という感じなのだろう。その証拠に近衛兵たちは校内を巡回していた見張りたちと同様に何かしら武装している。見張りを校内に放っているくらいだ。身の回りに護衛を置いていたとしてもそこまで不思議はないが、羊には一個解せないことがある。

「美月ちゃんが……?」

「何だよ? 何で私の愛しの美月ちゃんが一軍じゃないの? ってか? それは個人の好みがあるからな。今ここに至ってはお前と好みが違くて良かったじゃねーか。立たされるだけで済んでるぞ、今のとこ」

「あ、いや、そっちじゃなく……」

「そっちじゃなくて? ……どっちよ?」

「いや、あの……」

「ん?」

「その……」

「何だよ?」

「………………だ」

「…………はい?」

「………………んだ」

「何で急にボリュームオフにしやがったんだ。何て?」

「効かなかったんだぁぁぁぁぁっっっっっ!!」

「どっうるせぇぇぇぇぇっっっっっ!? 耳近付けた瞬間ボリュームマックスにするんじゃねぇっ!! つーか何のっ、話……」

 言っている途中で狼は羊の言いたいことを察した。何故なら狼も昨日フードの人物から指輪の説明は聞いていたから。指輪の力が効かない人間も居るという個人差の説明は覚えている。今ここで効く・効かないの話が出るのであれば、それしかないだろう。いや、しかし、

「……まさかお前に指輪の力を本人に試す度胸があったとは思わなかったな。何だかんだぶつくさ言いつつも使えないタイプかと思ってたが」

「いや、まぁ……。……うん、言い訳はすまい」

「まぁ、好きな人が居るなら好きな人に試したくなる気持ちは分かるがな。で、指輪の力が効かなかったわけだ」

「うん、少なくとも僕が付けた時には。効き目には個人差があるって言ってたから、てっきり美月ちゃんは効かないタイプのレアケースなのかと思ってたんだけど……」

「ほー」

 狼は何かを考えながら、

「個人差があるってのは指輪の持ち主の個人差でもあるのかもな」

「ああ、確かに。僕は指輪の力に振り回されたような気がするよ。僕の指輪の思い出は10キロマラソンした思い出と草むらに突き飛ばされた交通事故の思い出だけだよ」

「そこだけ聞いてると、お前の使い方が驚異的に下手なだけのような気もするが……」

 サンプルが二個だけでは何とも言えない。まぁ、指輪を付けた瞬間、その能力に気付いて、好き勝手命令し始めるやつも、それはそれで適用力が高いのかもしれないが。

「さて、問題はどうやって指輪を取り返すかだな」

「警察でも呼ぶ?」

「止めとけ。その中に女性が居たらまた面倒なことになる」

「……確かに」

 箒で武装した女子集団でも十分厄介なのだ。そこに下手をすれば銃を携帯しているかもしれない警官が加わったら最悪だろう。それに学校内の女子、で収まっていればまだ大事にもならないよう事態を鎮火もできようが、流石に国家権力がそこに加わると話がややこしくもなりそうだ。

「そうじゃなくても、こいつは俺らが起こしちまったことだ。俺らでケジメは付けるのが筋ってもんだろ」

「『ら』?」

 いつの間にか、責任の半分を持ってくれていた友人の方を羊が見ると、

「甚だ遺憾ではあるが、相棒の起こした不始末の責任の半分は俺が持たないとな」

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