人生を賭けたギャンブル(Aパート)
この大勝負、勝てば天国、負ければ地獄。
ヤミ金からの借金はふくれにふくれて、もはや普通に働いて返せるような額ではなくなった。金利が高すぎて、借金を返すスピードより増えるスピードの方が速いのだからどうしようもない。
もし負けたら、マグロ漁船に乗せられるのか、腎臓を売らされるのか。
イヤな想像ばかりが圭壱の頭の中を巡っていく。
彼の人生を決めるのは目の前の画面に映っている『馬』だ。次々にゲートへと入っていく16頭の競走馬。
圭壱は黒い帽子の4番『キセキハオキルサ』からの8頭流し、1、2、5、7、10、12、13、16の馬単で馬券――言わずもがな、
馬単とは1着と2着の馬を着順通りに的中させる投票形式。
8頭流しとはこの場合、1着を4番に固定して、選んだ8頭のどれかが2着に入れば的中となる買い方。
まずは4番が1着に入らないことには話がはじまらない。
大きく、そして早く脈打つ心臓を押さえながら、圭壱はレース画面を見つめた。
いざ、出走!
各馬一斉にスタート。
ゲートを出た4番、キセキハオキルサは集団の後方にいるが問題無い。
この馬はレースの後半まで足を抑えて、ゴール前で敵を一気に抜き去っていく追い込み馬だ。
縦長に伸びていた馬群が、ゴールへ近づくにつれてひとつの塊のようにまとまりはじめた。キセキハオキルサは外側を走っている。いい位置だ。
残り600メートルを切った。間もなく最後の直線に入る。
このタイミングを待っていた、と中段にいた7番が最内からグングン伸びてくる。これも良い展開だ。
7番がこのまま抜けて、それを4番のキセキハオキルサが抜けば【4ー7】で馬単の馬券が的中する。
圭壱がレース画面に釘付けになっていると、急に背中に鈍い衝撃があった。
誰かにぶつかられたらしい。
「いってぇな」と悪態をつきながら後ろを振り向いたものの、周りは圭壱と同じようにレース画面に視界を奪われている者ばかり。誰にぶつかられたのかもわからなかった。
ワッと歓声が上がった。
圭壱が後ろを気にしているうちに、レースに動きがあったようだ。
レース画面に視線を戻すと、キセキハオキルサの黒い馬体が大外からグングン伸びて、馬群をゴボウ抜きにしていくところだった。
そのまま7番との距離も縮めて残り1馬身。
「行け! 行け! まくれ!!」
応援にも熱が入る。
しかし2頭が走るすぐ先には、もうゴール板が近づいている。
はたして間に合うのか!?
2頭の体が重なり、どちらの鼻が先にゴールへ届くか、という僅差の勝負だ。
7番の青い帽子が逃げる。4番の黒い帽子が追う!
そこに馬群からもう1頭。緑色の帽子が飛び出してきた。
7番と4番の間に入ったため、画面からでは11番か12番か判断ができない。
実況では番号が呼ばれていたのかもしれないが、7番と4番の勝負に熱中していて聞き逃してしまったようだ。
最後にキセキハオキルサがもうひと伸びしてレースは終わった。
レースの結果が表示される確定板には『審議』の文字が表示されている。
1着が4番であることは間違いない。
レース画面でもハッキリとわかるくらい、頭一つキセキハオキルサが抜けた。
問題は2着に7番が入ったのか、11番が入ったのか、12番が入ったのか。
7番と12番は馬券を買っている。しかしもし11番だったなら……。
確率は66%だ。
圭壱は祈った。11番だけは来てくれるな、と。
しばらくして、確定版にレース結果が表示された。
Ⅰ [4]
Ⅱ [11]
Ⅲ [7]
「…………ッ」
圭壱は膝からくずれ落ちた。
もはや言葉も出てこない。視界がグラグラと揺れて、立ち上がることも叶わない。
震える手をポケットに突っ込み、ゆっくりと馬券を取り出した。
負けたときは、こんな紙クズに用はないとばかりに馬券を破り捨てるのが、圭壱のいつものルーティンだ。
『馬単、1着ながし、(軸)4▶(相手)1、2、5、7、11、12、13、16』
「けっ。こんな紙くずに……ん?」
馬券に目が吸い寄せられる。
1、2、5、7、……11!?
目をこすって何度も見直すが、やはり『11』と書いてある。
圭壱は『10』にマークを付けたハズだ。まさか間違ってとなりにマークしたのだろうか。いや、馬券を買った時に確かめたハズだ。
圭壱はいま自分の身に起こっていることが飲み込めずにいた。
しかし、何はともあれ、これで圭壱のマグロ漁船行きは無くなった。
それだけは安心して良いことだろう。
こんな奇跡があって良いのだろうか。
今度は突然の幸運に身体の震えが止まらなくなった。
今なら何をやっても成功する。
そんな万能感が圭壱の胸にあふれていた。
この望外の大勝利が、これから
【Aパート 了】
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