人生を賭けたギャンブル(Bパート)


 思えば自分の人生は負け続けだった。

 48歳になった圭壱けいいちは左腕にはめた腕時計を眺めながら、ぼんやりと過去を振り返る。


 なんといっても最大の失敗は28歳のとき。

 ちょうど20年前の今日のことだ。


 ヤミ金からの借金で首が回らなくなった圭壱が、最後の勝負に選んだものは競馬だった。


 馬の名前は今でも覚えている。

『キセキハオキルサ』だ。

 いや、アイツは頑張ってくれた。1着でゴールしてくれたのだから文句などない。問題は圭壱が『流し』で抜けを喰らったことだ。


 電光掲示板の2着の欄に『11』と表示されたときの絶望感といったら。

 いま思い出してもめまいで倒れそうになる。


 あれから圭壱の人生は散々だった。

 ヤミ金に紹介された『ちょっと運ぶだけで高収入』というお仕事をやって捕まったり。

 人混みの中でスリをやっていたら、相手がその筋の人でボコボコにされたり。

 いい儲け話があるから、と投資を勧められて騙されたり。


 今だって人体実験に参加する誓約書を書いているところだ。

 報酬は確かに高い。しかし実験に失敗すれば、圭壱は二度とこの地を踏むことはないだろう。


 なぜならこれは『タイムマシン』の実験だからだ。タイムマシンといっても、宇宙船のような機械に乗るものではない。

 なんと腕時計型である。


 これはもし過去に移動した際にタイムマシンが見つかっても、タイムマシンだとバレないための対策らしい。

 その代わり、このタイムマシンには時間制限がある。1時間経ったら自動で元の時代に戻ってくるようになっている。

 腕時計型にしたことで充填できるエネルギーがどうだこうだ、と説明されたが、圭壱の頭ではちょっと何を言っているのかわからなかった。


「動物での実験は成功しているから、きっと大丈夫だよ」


 最後はそれで押し切られた。

 圭壱がこの仕事を引き受けた理由は、お金のほかにもう一つある。


 それは過去を変えることだ。

 もちろん、これは誰にも言っていないし、研究所の人からは「絶対過去に干渉するな」と耳にタコができるほど聞かされた。蝶々がどうとか言っていた気がするが、なんと言っていたのか思い出せない。


 しかしよく考えてもらいたい。

 これまでの人生失敗続きで、これからの人生にも希望を持てない。いわば『無敵の人』である圭壱にそんな約束を守るメリットがあるだろうか。


「それでは、良い旅を」


 圭壱は、まるで飛行機が飛び立つときのアナウンスのような言葉に送られて、20年前へとタイムトリップした。


 歪む視界。

 狂っていく平衡感覚。

 宇宙に行ったことはないが、無重力というのはこういうものだろうか……などと考えていたら「大丈夫ですか?」と声を掛けられて目が覚めた。


 ……クサい。


 ズキズキと痛む頭を押さえて立ち上がると、そこはゴミ捨て場だった。

 声を掛けてくれた女性もゴミ袋を持っている。どうやらゴミを捨てるのに寝ている圭壱が邪魔だったらしい。


「すみません」と頭を下げて立ち去ろうとするも、足元がふらついて真っ直ぐ歩くこともできない。


 後ろから「昼間から酔っぱらってんじゃねぇよ」と聞こえた。振り向くまでもなく先ほどの女性の声だ。


「そりゃあ、動物で実験しても頭痛やめまいまではわからないよな」


 圭壱は左腕のタイムマシンを見て深くため息をついた。


 最悪だ、もう残り時間が20分しかない。

 どうやら、ここで40分も気絶していたらしい。


 このタイムマシン、まだまだ機能に問題ありだ。

 だからこその人体実験なのだろうが。


 圭壱は大通りに出て自分がいる場所を確認する。

 間違いない。あの頃の渋谷だ。


 場外勝馬投票券発売所ウインズまで、走れば5分くらい。ふらつく足を必死で踏ん張りながら、圭壱はウインズへと向かった。


 まずは馬券――くどいようだが、勝馬投票券かちうまとうひょうけんの略である――を買う。

『馬単、1着ながし、(軸)4▶(相手)1、2、5、7、11、12、13、16』

 22年前に買った勝負の馬券。それを少しだけ変えたものだ。

 発行された馬券を持って、圭壱は過去の自分を探す。


 向かうべき場所はわかっているが、大きなレースときは人が多くて、ちょっと移動するのにも苦労する。


 発走の合図が聞こえた。

 腕時計を見ると残り時間は3分を切っている。

 時間がない。


 圭壱は人混みをかき分けて過去の自分を探しだすと、勢いよく身体をぶつける。

 その衝撃にまぎれて、手に持っていた馬券と、過去の自分のポケットに入っていた馬券をすり替えた。


 22年の間に身につけたスキルが、まさかこんなところで役に立つとは。


「いってぇな」と不満そうな声。

 そのまま、圭壱の視界は再び歪んでいった。


 あとは元の時代に戻るだけだ。

 大金を得た圭壱は元の世界でどうなっているのだろうか。もしかしたら、大金持ちになっている可能性も……。今から楽しみで仕方がない。



 圭壱はヒドい頭痛とめまいから目を覚ました。


「お目覚めか?」


 声を掛けてくれたのは研究者の人ではなく、奇抜な衣装をきた男。周囲は崩れた建物に囲まれていてポストアポカリプスといった風情。


「思い出した。バタフライ効果だ」


 圭壱は目の前に突きつけられた銃を見ながら呟いた。それが彼の最期の言葉となった。


 


          【Bパート 了】

 

 

 

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