霊が見える男(Bパート)
※ホラー要素があります。
僕には死んだ人間の霊が見える。
なぜなら僕も死んでいるから――なんてね。
冗談です。
冗談ですが、ウソではありません。
姿だけじゃなく、声だって聞こえます。
同じ霊同士、仲間ということでしょうか。
僕は雄二郎。兄に刺し殺されてから約2年、こうして霊をやっています。
それにしても困ったのは、うちのバカな兄です。
僕の妻である諒子に横恋慕したあげく、弟である僕を殺して彼女を手に入れようなんて、本当にバカなことを考えるものです。
僕を殺したところで、彼女の心が手に入るはずもないでしょうに。
子どもの頃から「俺には死んだ人間の霊が見える」などと頭のおかしいことを言っていましたけど、ここまでとは思いませんでした。
しかも霊になった諒子を、夫の僕が見ている前で一生懸命口説いてるんですよ。ちょっと神経を疑いますよね。
「もう2年も経ったんです。そろそろ前へ進んでも良いんじゃないですか?」
よくもまあ臆面もなく、こんなセリフが吐けるものです。
しかもここ、僕の部屋ですからね。
もっと言うと、僕を殺した犯行現場ですからね。
さすがに面の皮が厚すぎやしませんか?
「私はこの2年、ずっとあなたを想ってきた。いや、思い返せば、弟があなたを連れてきたときから、あなたのことを好きだったに違いない」
ああ、それは僕も諒子も生前から知ってました。
バカ兄に初めて会わせた日の夜に、諒子がこの部屋で言ってましたもの。「お義兄さんが私を見る目が気持ち悪い」って。
もちろん僕も「自分の兄のことを悪く言いたくないけど、アイツは本当にヤバい奴だから気をつけて」って釘を差しておきました。
そしたらまさか、僕の方が殺されることになるなんて。ちょっと油断してしまいました。
「俺ならあなたを幸せにできます。死んだ雄二郎の分まで、あなたを幸せにすると誓います。だから、俺と……俺と結婚してください!」
僕のことを殺しておいて、なにを『死んだ雄二郎の分まで』とか言っちゃってんですか。
キモチワルッ!
僕のお気持ちはさておき、気になる諒子の答えを聞いてみましょう。
「てめぇ、ふざけたことぬかしてんじゃねぇぞ! 雄二郎のことを殺しておいて、なにをいけしゃあしゃあと口説きにきやがったんだ、この野郎。もういっぺん殺してやろうか!?」
ですよねぇー!
いやあ、我が妻ながらなんとも
でも、残念。
彼女の啖呵、バカ兄には届いていないようです。
どういうわけか、このバカ兄は霊の声が聞こえないみたいなんです。
僕もこれまでに何度かバカ兄を怒鳴り散らしたことがあるんですけど、一度だって反応したことはありません。
目は合いますし、僕の姿も、諒子の姿も認識していることは間違いないんですが……。
本当にポンコツな兄ですよね。
諒子のいうとおり、もう一度殺されておいた方がいいんじゃないんですかね?
……あ、言ってませんでした?
そうなんです。
ここにいる3人とも、みんな2年前に死んでいます。いまだに自分が死んでることに気づいてないバカもいますけどね。
やっぱり、頭の打ちどころが悪かったんですかねえ。ほら、彼の後頭部を見てやって下さい。
クレーターかよ、ってくらい陥没してるでしょ?
あれがバカ兄の死因です。
さっき「もういっぺん殺してやろうか」って言ってましたから、お気づきのことかとは思いますが、バカ兄を殺害した犯人はそこにいる諒子さんです。
え?
もっと詳しく話を聞きたい、ですって?
もちろん、構いませんよ。
なんせ霊というのはヒマですからね。
今でもハッキリと思い出せます。
あの日、バカ兄が僕の胸を刺したとき、ちょうど諒子が部屋に入ってきたんです。
扉を開けたら義理の兄が夫を刺し殺してる現場に遭遇したわけですから、さすがの諒子も気が動転したのでしょう。
彼女は近くに置いてあったトロフィーを掴むと、バカ兄の後頭部を目掛けて迷いなくフルスイングしたんです。
さらに、フルスイング!!
もう一度、フルスイング!!
止まらない、フルスイング!!
一体、何発打ち下ろしたのか。
夫を殺された報復と、積もり積もった嫌悪感が彼女を駆り立てたのでしょうか。
とっくに事切れたバカ兄の頭を何度も何度も執拗に殴りつけました。
そのあと自殺したんです。
先に死んで霊になっていた僕の目の前で。
正直なところ、バカ兄に殺されたことより、目の前で妻に自殺されたことの方がショックでしたね。
ともかくあの日以来、3人揃ってこの部屋の地縛霊ってわけです。もちろん、父と母はとっくにこの家を出ていきました。
そりゃそうですよね、ふたりの息子とお嫁さんが殺し合って自殺したなんて全国紙に載る大事件ですよ。ご近所からは腫れ物扱いされ、記者には追いかけ回され、そのまま住み続けてはいられなかったようです。
この家は彼らが出ていったあとに売りに出されたようですけど、2年経った今でも買い手はつかないみたいです。
まあ、こんな凄惨な事件があった家なんて、僕だったらタダでも要らないですもの。
え? バカ兄の様子がおかしいですって?
それはいつものことですよ。
え? そうじゃない?
頭を壁に打ちつけて叫んでいるですって?
それもいつも通りですのでご心配なく。
どうやら彼は自分が死んでいることも、諒子が死んでいることも認めたくないようなんです。
だから、ああして頭を打ちつけて、明日には綺麗サッパリ忘れて、また諒子を口説く。こんな茶番がもう2年も続いています。
最近は、さすがにそろそろ成仏したいなって思ってきました。
【Bパート 了】
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