霊が見える男(Aパート)

 ※ホラー要素があります


 俺には死んだ人間の霊が見える。

 それも生きている人間と同じくらい、ハッキリと見えている。


 幽霊には足がない、なんてのは真っ赤なウソだ。

 あいつらは死んだときのまま、そのままの姿でこの世界をウロウロしているんだ。


 気を抜くと見間違えて、霊に声掛けちまうことがある。あれをやると周りから変な目で見られるから、ちょっと恥ずかしい。


 霊は透けて見えるくらいで丁度いい。

 俺は常々そう思っている。



 もちろん、今だって霊が見えている。


 俺とすぐ目の前に立っているのは、2年前に死んだ弟、雄二郎ゆうじろうだ。

 死んだのは結婚してすぐのことだった。

 それがよほど未練だったのだろう、奥さんの……いまは未亡人となった諒子りょうこさんの側に、霊となった今もピタリとくっついている。


 いわゆる背後霊というやつだろうか。

 我が弟ながら、死んでまでも女々しいヤツだ。


 だが人間、死んでしまったらそこで終わりだ。

 霊にできることなど何もない。


「もう2年も経ったんです。そろそろ前へ進んでも良いんじゃないですか?」


 俺が諒子さんに優しく声をかけると、雄二郎が鬼のような形相で俺のことをニラんできた。

 だけど、それだけだ。アイツにはどうすることもできない。


 テレビやネットでは、心霊現象だとか、祟りだとか、マユツバな話がいくらでも転がっている。

 にも関わらず俺は、霊になった存在が生きている人間に直接的な危害を加えたところを見たことが無い。


 それはつまり、霊にオカルト的な特殊能力なんか無いということだ。


 そうじゃなければ、殺人犯が出所したあとシャバで元気に暮らしていけるわけがない。死刑なんてなくても、みんな呪い殺されているハズだ。そうだろう?



 俺と諒子さんはいま、雄二郎の部屋にいる。

 そしてここは、雄二郎が最期を迎えた場所でもあった。


 2年経った今でも、アイツの部屋はそのままだ。

 きっと親父とお袋はいまだに心の整理がついていないのだろう。可哀想な人たちだ。


「私はこの2年、ずっとあなたを想ってきた。いや、思い返せば、弟があなたを連れてきたときから、あなたのことを好きだったに違いない」


 思い返せば、もなにも。

 あれは間違いなく、ひと目惚れだった。


 諒子さんがなぜ、俺ではなくアイツと先に出会ってしまったのか。彼女と会って以来、神の気まぐれに怒りを覚えない日は無かった。


 俺と先に出会ってさえいれば、諒子さんの隣に立っていたのは俺だったハズなんだ。


 諒子さんがアイツに笑顔を向けるたび。

 諒子さんがアイツを「雄二郎さん」と呼ぶたび。

 諒子さんとアイツがふたりきりで何をしているのか想像するたび。


 俺の心はノコギリで切られているような痛みを感じていた。自分の半身を奪われてしまったような心持ちで日々を過ごした。


 ――だから、俺は殺した。


 目の前に立っている雄二郎の胸は、血で真っ赤に染まっている。

 当たり前だ。この俺が、この手で、アイツの心臓にナイフを突き立てたのだから。


「諒子さん。もう雄二郎は死んだんです。いつまでも死んだヤツの影を追ってちゃ、雄二郎だって安心できませんよ」


 こんなときにアイツをダシにするのは卑怯だろうか。いや、今さらだ。


 手段を選ぶような余裕があったなら、アイツを殺したりなんかしなかった。


「俺ならあなたを幸せにできます。死んだ雄二郎の分まで、あなたを幸せにすると誓います。だから、俺と……」


 俺は心を込めて諒子さんに愛を伝える。

 彼女の隣に立つ雄二郎が、しかめっ面でなにやらボヤいているのが見えた。


 きっと俺に向かって罵詈雑言を並べ立てているのだろう。しかし残念だが、俺にはアイツの言葉は聞こえない。


 俺にできることは『霊を見る』ことだけだ。

 声を聞くことはできない。


 アイツは、俺と諒子さんが結ばれるところを黙って見ていることしかできない。霊とはなんと無力な存在だろうか。


「俺と結婚してください!」


 言った。

 ついに、言ってやった。


 答えは『はい』か『イエス』か。

 俺は頭を下げて諒子さんの返事を待った。


 ……しかし、いつまで経っても返事がない。


「諒子さん?」


 不思議に思って顔を上げると、諒子さんが何やら捲し立てている。しかし何を言っているのか全く聞こえない。


 まさか!?

 そのとき俺は気づいてしまった。

 彼女の首に、ロープを巻いた跡があることに。


 なんということだ。

 どうやら、彼女もすでに霊だったらしい。




          【Aパート 了】


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