かくれんぼ(Bパート)


「げにんは、すばやく、ろうばのきものをはぎとった。それから、足にしがみつこうとするろうばを――」


 うららかな陽の光が差し込む昼下がり。

 窓際に置かれたベッドで、流花るかは本を読んでいる。


 今日だけじゃない。昨日も、一昨日も、その前の日も、流花はずっと本を読んでいた。


「もういいかーい?」

「まあだだよー」


 隣のベッドにいる利一郎りいちろうと、斜め向かいのベッドにいる彰太しょうたは『妖精かくれんぼ』の真っ最中だ。


 今日だけじゃない。昨日も、一昨日も、その前の日もふたりで『妖精かくれんぼ』をしていた。そんなに毎日おなじ遊びばかりしていて、よく飽きないものだと流花は感心していた。


 流花なんて毎日のように新しい本を読んでいて、一度読んだ本を読み返すことさえないというのに。


「じゃあ、ルカちゃんのマクラの下だ!」


 急に名前を呼ばれて、流花の心臓がドクンと跳ね上がった。流花は驚いたことをふたりに悟られないよう、ゆっくりと深呼吸をして落ち着きを取り戻した。


 知らないふり。知らないふり。


「ヒント、なにかヒントをちょーだい!」


 どうやら今は彰太が鬼らしい。

 利一郎の隠れている場所がわからなくて、ヒントを懇願していた。


 あたりまえだ。

 だって『妖精かくれんぼ』の隠れ場所をノーヒントで当てられるのは、きっと超能力者くらいのものだから。


 なぜならこれは『かくれんぼ』であって『かくれんぼ』ではない。


 利一郎も、彰太も、本当に隠れているわけじゃない。ベッドから出て自由に動き回ることができない彼らはどこかに隠れることもできない。


 そんな彼らのために編み出された、動かなくても出来る『かくれんぼ』こそが『妖精かくれんぼ』である。これは相手が心の中で「ここに隠れよう」と決めた場所を鬼が当てるゲームだ。


 心の中を読むゲーム、といってもいい。


 逃げる方は妖精だから、どんな狭いところにも隠れることができる。つまり、この部屋の中ならどこでも有りだ。


 どう考えても、ヒントなしでは当てられる気がしないでしょう?

 

 気づく人はすぐ気づいてしまうと思うけど、このゲームはズルをしようと思えば、いくらだってズルができてしまう。


 だからきっと、ゲームとしては失敗作なのだろう。それでも、本人たちが毎日楽しく遊ぶことができているのなら、そんなことは大した問題ではない。


「ここはねぇ、あたたかいところだよ」


 利一郎のヒントを受けて、彰太が再び室内を見回している。きっと『あたたかいところ』がどこなのか、必死で探しているに違いない。


 あまりに微笑ましくて、こっそり横目で眺めていたら、彰太がなにか閃いたような声を出した。


「あっ! わかった! ルカちゃんのふくの中でしょ!」

「…………ッ!?」


 いきなりなんてことを言いだすのか。

 小さくなった彰太が自分の服の中にいる様子を想像してしまい、流花は急に顔が熱くなっていくのを感じた。


 となりのベッドでは、利一郎も「えっち」「えっち」と騒いでいる。


 裸は恥ずかしい、という羞恥心を理解しはじめた利一郎と、少し年齢が下で恥ずかしいという感情がまだわからない彰太の間に果てしない温度差が生じていた。


 利一郎が「えっち」と騒いでいる意味も、彰太はよくわかっていないようだ。


「もういいかーい?」

「まあだだよー」


 声掛けの順番が変わった。

 どうやら、鬼が交代したらしい。


 彰太がまたしても部屋の中をキョロキョロと見渡して、隠れ場所を探している。


「もういいかーい?」と尋ねる利一郎に、「もういいよー」と彰太が返事をするのと同じくらいのタイミングで、ドアががらりと開いた。


「ふむ。にぎやかだな。結構、結構」

「お父さん!!」


 3人の声が重なる。『お父さん』と呼ばれた白衣の老人は「うむ、うむ」と満足そうに頷いた。


「今日は新しい友達を連れてきたんだ。さあ君たち、裕司ゆうじくんを中へ入れてくれたまえ」


 老人の指示で、こちらも白衣を着た研究者たちが大きなカプセル型のベッドを部屋に入れる。密閉された個室ベッドの窓に小さな子どもの顔が見えた。


「ユウジでちゅ! にちゃいでちゅ!」


 ベッドに備えつけられたスピーカーから、小さなお友達の元気な挨拶が聞こえた。


 先に部屋に備え付けられた3つのベッドからも、それぞれのスピーカーから裕司を歓迎する声があがる。


 新しい仲間が来ることはとても素晴らしいことだ。しかし歓迎の言葉とはウラハラに、流花は少しだけ落胆していた。


(あーあ。また男子か……。これで3対1じゃない)


 もちろん、裕司には何も罪はないのだけれど。


 次こそは女子が入ってきてくれて、同性の友達ができることを首を長くして待っていた流花は、どうにも複雑な気持ちだ。


 流花はもうじき9歳になる。

 歳下の男の子たちの遊びに、何時間も付き合うのはちょっと遠慮したいお年頃だ。


 流花としては、もっとおしゃべりしたり、一緒に映画を観たりする友達が欲しいのだけど、彼らにはまだまだ期待できない。


 あと7、8年もすれば……などと、考えれば考えるほど残念な気持ちになってくる。


 これからも、ひとり電子映像で本を読む日々が続くのだな、と流花は諦めにも似た心持ちになった。




 ――西暦2XXX年


 少子高齢化が進んだ先進国において、ついにクローン技術を人間に適用することが合法化された。


 これまで倫理、哲学、宗教など様々な方面から強い反対を受けて禁止されてきたクローン人間が、ついに公に認められたのだ。


 病気で子どもを作れなくなった人、結婚はしたくないけど子どもが欲しかった人、同性婚を選んだ家庭、需要は留まるところをしらず、クローン人間が次々と産み出されるようになった。


 さて、新しいブームが生まれれば、それに付随するサービスが登場するのが世の常だ。


 時の権力者たちが欲したのは臓器移植用のクローンや、精子・卵子保存用としてのクローンだった。

 これらのクローンには病気や怪我をすることなく、安全第一で成長して貰わなくてはならない。


 そうした要望から生まれた『クローン管理サービス』では、無菌のカプセルベッドを使い、子どもたちの健康を万全の体制で管理している。

 もちろんお値段も相応で、限られた高所得者向けのサービスだ。


 言わずもがな、流花、利一郎、彰太、裕司の4人もクローン人間であり、この『クローン管理サービス』に預けられていた。


 漫画家、アスリート、政治家、芸術家、それぞれの分野で名を馳せた有名人たちのクローンである彼らは、来たるべき役目が訪れるまで、このカプセルベッドを介した共同生活を続けていく。


 


          【Bパート 了】


 






 

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