桃太郎と桃御前(Bパート)


 ここは『桃太郎を考える会』の会場でございます。

 多くの有識者がお集まりになり、新しい時代にふさわしい『桃太郎』について意見を出し合っていらっしゃいます。


 それでは少し覗いてみましょう。




『むかし、むかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがありました。まいにち、おじいさんは山へしば刈かりに、おばあさんは川へ洗濯せんたくに行きました。』


「ちょっとよろしいでしょうか」

「どちらさまでしょう?」

「私は『ジェンダーバイアス・フリーを考える会』の者です」

「お伺いしましょう」


「おじいさんはしば刈り、おばあさんは洗濯、それを『まいにち』というのは『性的役割分業』以外のなにものでもありません。おじいさんが洗濯をする日があっても良いし、おばあさんがしば刈りに行く日があっても良いはずです」

「なるほど。それでは『まいにち』という一文は削除することにしましょう」

「いえ、もっとハッキリと伝えるべきです」


 結果、こうなった。


『むかし、むかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがありました。おじいさんとおばあさんは、まいにち話し合ってその日の仕事を決めます。今日はおじいさんは山へしば刈かりに、おばあさんは川へ洗濯に行くことになりました。明日は交代しているかもしれません。』


「よろしいかと存じます」

「それでは次に進みますね」



『おばあさんが洗濯をしていますと、川上から大きな桃が一つ、ドンブラコッコと流れて来きました。おばあさんはおじいさんへのおみやげに、この桃をうちへ持って帰ることにしました。』


「ちょっとよろしいでしょうか」

「どちらさまでしょう?」

「私は『食品衛生を考える会』の者です」

「お伺いしましょう」


「川の水には寄生虫や菌など様々な危険が潜んでいます。川の水に浸かった桃をそのまま持ち帰るような行為を推奨するように受け取られる内容はいかがなものかと愚考します」

「なるほど、川の水に浸からないよう桶などに入れておきましょう」

「そうしますと、この桃が川上に住む人の落とし物という可能性が浮上します。それを勝手に持っていくのは窃盗となるのではないでしょうか」


 結果、こうなった。


『おばあさんが洗濯をしていますと、川上から木の桶に入った大きな桃が一つ、ドンブラコッコと流れて来きました。桶には『ご自由にお持ち帰りください』と書いてあったため、おばあさんはおじいさんへのおみやげに、この桃をうちへ持って帰ることにしました。』


「はい。よろしいかと」

「それでは次に進みますね」



『桃はぽんと中から二つに割われて、「おぎゃあ、おぎゃあ。」と勇ましいうぶ声を上げながら、かわいらしい男の赤ちゃんが元気よくとび出だしました。おじいさんとおばあさんは、この子に桃太郎という名をつけました。』


「ちょっとよろしいでしょうか」

「さきほどの『ジェンダーバイアス・フリーを考える会』の方ですね」

「はい、そのとおりです」

「お伺いしましょう」


「鬼と戦う主人公、だから男の子。これはあまりにも時代錯誤であると言わざるを得ません。女の子にも活躍の機会を作ることで、この物語は男女問わず多くの子どもたちに夢を与える物語になるはずです」

「なるほど、それでは主人公を女の子にしましょう」

「それは極端すぎます。男の子も、女の子も、等しく活躍できる物語を考えて頂きたいのです」


 結果、こうなった。


『桃はぽんと中から二つに割われて、「おぎゃあ、おぎゃあ。」と勇ましいうぶ声を上げながら、かわいらしい男女の双子の赤ちゃんが元気よくとび出だしました。おじいさんとおばあさんは、この子たちにそれぞれ桃太郎、桃御前という名をつけました。』


「はい。よろしいかと」

「それでは次に進みますね」



『大きくなった桃太郎と桃御前は、鬼が島にいるという悪い鬼を征伐しにいくことにしました。おじいさんとおばあさんは、おべんとうにきびだんごを持たせてくれました』


「ちょっとよろしいでしょうか」

「どちらさまでしょう?」

「私は『平和を願う会』の者です」

「お伺いしましょう」


「悪い鬼、と言いますが風のウワサ程度の情報で一方的に断罪するというのは非常に野蛮な発想です。まずは事実確認を行うべきであり、その後も暴力に頼らない解決を目指すべきです」

「なるほど、それでは『征伐』という表現はとりやめにしましょう」

「それが良いかと思います。『調査』そして必要があれば『抗議』をすべきですね」


 結果、こうなった。


『大きくなった桃太郎と桃御前は、鬼が島にいるという悪い鬼の実態をしらべ、必要とあらば行いをただすように注意をしにいくことにしました。おじいさんとおばあさんは、おべんとうにきびだんごを持たせてくれました』


「はい。よろしいかと」

「それでは次に進みますね」



『桃太郎と桃御前は、道中で犬、猿、雉と出会い、きびだんごをわけて家来にしました。鬼が島の前に広がる海、ちょうど良い具合に舟がいっそう繋いでありましたので、犬がこぎ、猿が舵をとり、雉が見張りをしながら舟は海をはしりました』


「ちょっとよろしいでしょうか」

「どちらさまでしょう?」

「私は『健全なる少年少女育成会』の者です」

「お伺いしましょう」


「『ちょうど良い具合に船がいっそう繋いでありました』とのことですが、それは窃盗にあたります。子どもたちが真似することのないよう表現の修正が必要です」

「なるほど、それでは――」

「私からもよろしいでしょうか」

「どちらさまでしょう?」

「私は『動物の権利を守る会』の者です」

「お伺いしましょう」

「犬、猿、雉に働かせて、人間は高みの見物というのは、いったいどういう了見でしょうか。それも『きびだんご』ひとつで家来にするなんて動物をバカにしています!」


 議論は喧々囂々けんけんごうごう


 ほかにも『消費者の安全を守る会』の人からは「『日本一のきびだんご』という表現は誇大表現となる恐れがあります」と言われ、『断固として差別と闘う会』の人からは「『鬼』という特定の人種、種族を一方的な悪者にすることは差別を助長する恐れがあります」と言われ、みるみるうちに表現が変更されていきました。


 こうして出来あがったのが、皆さんご存知『桃太郎と桃御前』でございます。

 

 めでたし、めでたし。




          【Bパート 了】


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