オン・ザ・ステージ(Bパート)


「ああ。こりゃひでぇ」


 イゴールは変わり果てた故郷を見渡してため息をついた。


 隣国から突如侵攻してきた軍隊。

 兄弟国として親善交流を続けていた最中での凶行に、祖国は不意をつかれるかたちとなった。


 降り注ぐ火の雨。

 鳴り止まない銃声と砲撃の音。


 瞬く間に祖国の大地は戦場となり、国境に近い場所にあったイゴールたちの故郷は早々に敵の手に落ちた。


 もちろん祖国だって黙ってやられはしない。隣国の非道を説き、周辺諸国の応援を得て、一気に反撃へと転じた。


 長らく占領されていた故郷から、敵の軍隊を追い払うまでに3ヶ月。

 開戦直後に疎開していたイゴールが、故郷へ戻ってくるまでにさらに1ヶ月。


 故郷へ戻ってみればこの惨憺さんさんたる有様。

 イゴールでなくとも、ため息をつきたくなる。



 故郷へ戻って、まずはじめに向かったのは自分の家だ。

 ほんの2年前に建てたばかりの新築は、残念ながら無惨に半壊していた。


 中は火災のあとのように真っ黒で、無事なものなどひとつも残っていないように見えた。


 溶けたガラスや砕け落ちた壁が、戦火の凄まじさを見せつけてくる。まるで早々に故郷を捨てて逃げ出したイゴールを責めたてるかのように。


「どうせなら跡形もなく消し去ってくれよな」


 中途半端に形が残っているから良くない。

 イゴールは先ほどよりも深くため息をついて、マイホームの跡地に背を向けた。


 あたり一面焼け野原。

 歩けども、歩けども、似たような景色が続く。


 どこに向かおうと決めていたわけではない。

 しかし、イゴールの足は自然と思い出の場所を巡っていた。


 通っていた学校。ランチが美味い飯屋。行きつけだったBAR。そして中央広場。



「お前もやられちまったか……」


 日が沈み、空が暗い青に染まる頃。

 イゴールは中央広場に立つ時計台を見上げて呟いた。

 ランドマークになる大きな時計台だ、戦火に巻き込まれていないわけがない。


 中央広場の入り口に立っていた紳士像ですら跡形もなく吹き飛んでいるのだから、こうして時計台の形を保っているだけでも奇跡だ。


 大時計は3時2分を指して止まっている。

 大時計の死亡推定時刻を示す、色んな意味で動かぬ証拠。


 イゴールは大時計が動きを止めたであろう瞬間を想像して、なんともいえない物悲しい気持ちになった。


 大時計の時計盤。

 その下からせり出したステージには、紳士淑女の格好をした人形が、ダンスを踊っている姿勢のまま止まってしまっている。


 ここの大時計は、いわゆる仕掛け時計と呼ばれるタイプの時計で、決まった時間になると音楽と共に仕掛けが動き出すようになっている。


 午後の3時になって動き出した仕掛けは、その2分後、仕掛けが全ての仕事を終える前に、爆撃によって動きを止めてしまったようだ。


 イゴールの目からポロリと涙がこぼれた。

 半壊した家を見ても出てこなかった涙が、ぼろぼろとあふれだす。


「悔しいなあ」


 イゴールが幼い頃から、ずっと街を見守ってくれていた時計台。仕掛けが動き出せば、子どもも大人も自然と歩みを止め、人形たちのダンスを見守っていた。


 その時計台が破壊された。自分たちの思い出が破壊された。

 心の奥にぽっかりと穴の空いたような喪失感。


 イゴールは泣いた。

 子どものように大声を出して泣いた。


 周囲にいた人もつられて泣き出した。

 広場がすすり泣きと慟哭に満ちていく。


 そのときだった。


 チャララッチャチャーララーラチャラララン♫


 中央広場に、これまでに何度も聞いてきた軽快なメロディが流れた。

 壊れているはずの時計台からだ。


「……え?」


 イゴールが泣き腫らした顔を上げると、ステージで人形たちが跳ねるようにダンスをしているではないか。何体かの人形は腕や足が折れてしまっているが、それでもクルクルと音楽に合わせて回っている。


「まさか、無事だったのか?」


 いや、そんなはずはない。

 時計台が受けた被害は大きく、いつ崩れてもおかしくない有り様だ。

 仕掛けにだけは影響がないだなんて、そんな都合のいい話があるわけがない。


 しかし事実、目の前で人形たちはダンスに興じている。


 イゴールも、周囲の人々も、ただただ唖然とステージを見つめていた。

 人形たちはきっちり最後まで踊りきると、ステージごと静かに時計台へと帰っていった。


 再び静まり返った中央広場にパン、パンと小さく乾いた音が響いた。

 それは少しずつ仲間を増やし、やがて中央広場は人々の拍手に包まれた。



 それから、あの人形たちが表に出てくることは二度となかった。

 イゴールがあの日見たステージが、時計台の人形たちの最期のステージだったことになる。


 後日、時計台を解体した業者によれば、仕掛けの機構はボロボロで、とても人形たちが動けるような状態ではなかったらしい。


 本当にあれは現実だったのだろうか。

 そう思ってしまうほど、あの日のステージは幻想的な光景だった。


 いま、中央広場には「『奇跡の大時計』を甦らせよう」という旗が立っている。

 最近のイゴールは、もっぱらこの旗の下にいて、大時計再建の署名運動に勤しんでいた。




          【Bパート 了】

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