オン・ザ・ステージ(Aパート)


 チャララッチャチャーララーラチャラララン♫


 軽快な音楽が鳴り響いた。

 ステージが始まる合図だ。


 僕は黒い燕尾服に身を包み、これから始まるステージに胸を高鳴らせる。


「いきましょう。今日も最高のショーを」


 赤いドレスを着た女性が、僕に優しく微笑んだ。


 彼女はとても頼もしい僕の自慢のパートナー。

 これまでも、そしてこれからも、僕は彼女と共にステージに立ち続ける。


 ステージの幕が上がった。

 眩しいほどの光が、僕たちを余さず照らす。


「ああ、いこう。今日も最高のショーを」


 僕たちは音楽に合わせて踊りだす。


 昼下がりの温かな日差しが僕たちのスポットライト。

 それは全てのキャストに平等に降り注ぐ。


 小さな子どもと、年配のご婦人の姿が見える。

 僕たちがクルクルと回るたび、子どもが手を叩いて歓声を上げてくれた。

 ご婦人はその様子を優しく見守っている。


 オシャレをした若い男女の姿が見える。

 僕たちのショーを見にここまで来てくれたのだろうか。

 女性が「素敵」と感動している隣で、男性が「これを君に見せたかったんだ」と少し照れくさそうにしていた。


 立派な衣装を着た紳士が見える。

 彼は僕たちのショーのお得意さんだ。

 雨の日も、風の日も、彼は毎日ここに立って僕たちのショーを見てくれる。



 観客たちの笑顔が心に染みる。

 僕たちはこの笑顔のために踊り続けているんだ。


 ――こんな日々がずっと続くものだと思っていた。



 その日。

 いつものように開演の音楽が鳴った。


 チャララッチャチャーララーラチャラララン♫


 音楽に合わせて、僕たちはいつものようにステージの上で踊る。

 だけど、どうも観客席の様子がいつもと違った。


「おかしいわ」

「うん。なにか変だ」


 僕たちは踊りながらつぶやき、うなずきあった。

 いつもならステージを囲んでいる観客の姿が全く見えない。

 毎日来てくれていた紳士の姿さえも、見つけることは叶わなかった。


 いつもと違うところが他にもあった。

 昼下がりのはずなのに、空も大地も夕方かのように赤く染まっていた。


 陽気な音楽を邪魔する大きくて低い音が、空気を震わせながら周囲に響く。

 ステージは揺れ、足元がふらついてしまう。


「きゃっ」


 パートナーがふらついて僕の方へ倒れ込んできた。

 僕は彼女を支えて「大丈夫かい」と声をかけるが、抱き起こす間もなく、響きわたる轟音と共にステージが大きく揺れた。


 天井が崩れ、柱が折れ、大きな瓦礫がステージを割る。


 そしてついに――音楽が止まった。

 それと同時に、僕たちのステージも休演することになった。


 次の日も、その次の日も、音楽は鳴らなかった。

 音楽がなければ僕たちは踊ることはできない。休演する日々が続いた。


 雨の日も、風の日も、もちろん晴れた日も、ただ黙って無人の観客席を見下ろす毎日。

 いつか満員のお客様に囲まれて、ショーを披露できる日を夢見ていた。




 そんな日々がしばらく続いたある日のこと。


 ――何かが聞こえる。


「ねえ。聞こえる?」


 どうやら彼女にも聞こえているようだ。

 僕は「うん」と頷いて、じっと耳を澄ませた。


 聞こえてきたのはたくさんの泣き声。

 すすり泣く声、わんわんと泣き叫ぶ声。

 大人の泣き声、子どもの泣き声。


「みんな、泣いてる」

「そうだね、外は悲しみにあふれている」

「悲しいのはダメ」

「そうだね、それなら僕たちは――」


 僕たちにできることは踊ることだけだ。

 周りを見渡すと、仲間たちも同じ顔をしていた。


 僕たちの気持ちは、願いはひとつだけ。

 観客の笑顔を見たい。


 僕たちのショーでみんなを笑顔にしたいんだ。



 チャララッチャチャーララーラチャラララン♫


 魂を揺さぶる音楽が鳴った。

 ステージが始まる合図だ。


「いきましょう。今日も最高のショーを」

「ああ、いこう。今日も最高のショーを」


 僕たちは音楽に合わせて踊りだした。

 あたりは薄暗く、日差しのスポットライトは無いけれど、僕たちは全力で踊った。


 僕たちが踊ればみんな笑顔になるんだ。

 ほら、さっきまで泣いていた人たちの涙が止まった。


 もっと、もっと踊ろう。

 きっとみんな、笑顔を取り戻してくれるはずだ。


 足が折れているキャストもいた、腕を失っているキャストもいた。それでも僕たちは踊り続けた。


 観客席に視線を送るが、いつもと違って光が無いから、暗くて顔が見えない。

 泣いているのか、笑っているのか、怒っているのか、なにもわからない。

 それでも僕たちは踊り続けた。


 やがて音楽が終わり、僕たちのショータイムも終わりを迎えた。


 名残惜しい。もっと踊っていたい。

 しかし音楽がなければ僕たちは踊ることはできない。


 僕たちは静かにステージの奥へと下がっていった。しばらくして万雷の拍手がステージを包んだ。


 僕たちは彼らを笑顔にすることは出来たのだろうか。


 つぎは明るい日差しの下で、観客の笑顔を見ながら踊りたい。

 そう願いながら、僕たちは再び音楽が鳴るときを待った。



 何日も、何日も、待ち続けた。




          【Aパート 了】

 


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