サンドバッグ(Bパート)
「それでは、今月分もたしかに」
残暑も越え肌寒くなった秋の終わり。
息子と同じ高校の制服を着た陰気な男子高校生は、黙って封筒を交換するといつもと同じセリフを口にして背中を向けた。
「卒業まで、あと4カ月……か」
彼が私の前に初めて現れたのは、伸び悩んでいた息子の成績が右肩上がりになった頃。今年も梅雨に入った6月のことだった。
あれから半年。私は彼にお金を払い続けている。
「
「誰だね、君は。……ッ!?」
私に声を掛けてきたとき、彼は怪我だらけだった。傷だらけではなく、怪我だらけ。
ひと目で暴行の跡だとわかる怪我が、顔に、腕に、衣服で隠れていない全ての場所を覆っていた。
「僕は
その言葉だけでピンときた。
私の息子が彼をいじめている、だから親である私に事実を訴えにきたに違いない。
「なるほど。悪ふざけとはいえ、ご学友を下等生物などと呼ぶのは良くないな。私からも幸助に注意しておこう」
言葉は丁寧に。口調は高圧的に。
いじめられるような性格の生徒ならば、これで十分だろう。
しかし、彼は私の顔を見据えてニヤリと笑った。
「さすがは犯罪者の息子を持つ父親ですね。浅ましく、小賢しい答えだ」
「な……んだとっ!!」
その見た目に似つかわしくない、堂々としたしゃべり方。
その声は昏く地を這うようで、思わず反論の言葉を失ってしまった。
「これはどこからどう見ても傷害罪でしょう。子どもの悪ふざけで済むようなものではありません。あなたはそれを理解したうえで、高圧的な態度を取ることで『悪ふざけにすぎない』と僕に押し付けた。姑息にも『
顔がカッと熱くなった。
子どもに生意気なことを言われたから、だけではない。彼の指摘が図星だったからだ。
「き……きさまっ! なにを失礼な。そうだ、証拠! 証拠はあるのか!? その怪我を負わせたのが私の息子だという証拠を見せてみ――」
こちらの言葉が終わる前に、彼は数枚の写真を懐から取り出し私の胸にトンと押し付けた。そこには、息子の幸助が彼を暴行している様子がハッキリと映っていた。
こんなものを用意しているということは、息子はハメられたのかもしれない。
元々、私を脅すことが目的で――。
「ああ。勘違いしないでくださいね。別に脅迫しに来たわけじゃありません。ビジネスの話をしに来たんです」
「ビジネス……だと?」
「はい。ビジネス、です」
佐藤と名乗った彼は、十代は思えない邪悪な笑みを浮かべていた。
彼の話は耳を疑うような内容だった。
彼をイジメている生徒は息子だけではない。
彼をイジメている生徒は皆、ひとりも欠けることなく成績が伸びている。
それは彼をイジメることで、ストレスを解消しているから。
そして彼は、自身がイジメられ続けることで、これから先も息子のストレス発散に付き合ってくれるという。
対価として要求された金額も、息子の経歴に傷がつくことや慰謝料を考えれば決して高すぎる金額ではなかった。今年度になってから息子の成績が上がっている事実も、彼の言葉の信憑性を高めた。
「ほら。殴られ屋ってあるでしょう? 僕は見たことありませんけど。あれだと思えばいいんです」
それが最後のひと押し。
私はその場で彼との契約に合意した。
「き、君はっ」
去ろうとする彼の背中に、私は思わず声を掛けた。
初めて会った時と変わらない、怪我だらけの痛々しい顔がこちらを向いた。
「なにか?」
「君は、どうしてこんなことを?」
半年間。彼はきっちり仕事をやり遂げた。
息子が暴行を加えている様子をしっかりと写真に収め、毎月欠かさず提出してくるのだから間違いない。
しかし何故だ。
わざわざこんな、高校生活を自ら地獄に変えるような真似をするのか。
「どうして? お金のために決まっているじゃないですか」
あまりに短絡的で、刹那的な回答に、私はあきれてしまった。
「ふぅ。こんなことを言いたくはないが……、大事な高校生活をお金なんかのために――」
「お金なんかですって? さすが、お金持ちは言うことが違いますね。まあ、それはいいです。そうですね……、咲田さんキャバクラってどう思います?」
「キャ、キャバクラ?」
突然なにを言い出すんだ、彼は。
私が面食らっていると、彼はそのまま話を続けた。
「別にホストクラブでもいいんですけど。ああいう仕事って、若さがウリになるうちに、短い時間で一気に稼ぐものだと思うんです」
言いたいことはわかる。
楽な仕事ではないし、身体や心にかかる負担も大きい。無駄遣いしながら長く業界にいるより、お金をためて早々に抜ける方が賢いだろう。
だが、それがなんだというのか。
「僕も同じですよ。たったの三年。それでサラリーマンが何十年も働いてようやく手に入るくらいのお金が稼げるなら、高校生活を犠牲にするくらい安いものでしょう?」
「…………ッ!?」
少なくとも数千万円、いや億に届いている可能性だってある。お金を払っているのは私だけではないだろうとは思っていたが、彼をイジメていた生徒の数は両手の指では足らないのかもしれない。
唖然とする私の顔を見ながら、彼は邪悪な笑みを浮かべた。
「それでは。卒業までご贔屓に」
【Bパート 了】
§ § § § § §
なんとこちらで15作目。全体の半分がおわりました。
もしまだフォローや評価をされていない方がいらっしゃいましたら、そろそろ押してみても良い頃合いではないでしょうか(*´ω`)
本作は様々なパターンの『どんでん返し』に挑戦しております。引き続き、あなた好みの作品を探してみてください。
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