おもてなし(Aパート)


 ヒマリは緊張していた。

 友達が自分の部屋に遊びに来ているからだ。

 それもいっぺんに二人も。


 遊びに来てくれたのは、リンとツムギ。

 ヒマリはふたりをおもてなしするために、昨日からしっかり準備もしていた。


「お紅茶はいかが?」


 ヒマリはお気に入りのカップに、ポットから紅茶を注いでふたりの前に置いた。 


「あ、いただきます」

「じゃあ、あたしも」


 リンとツムギはカップを顔に近づけて、すぅーっと香りかぐ。


「不思議な匂いがする」

「うん。うちで飲む紅茶とは違う感じ」


 期待通りの反応でヒマリは得意げな気持ちになった。とっておきを用意しておいた甲斐がある。


「これはモン……、ゴールデン……、なんだったかしら。とにかくゴールデンなの。とってもめずらしいお紅茶ですのよ」


 ヒマリのふんわりとした説明に、ふたりは「ふーん」と相づちを打ちながらグビグビとお紅茶を飲んでいた。


 そんな水を飲むみたいに一気に飲むものじゃないのに――と思ったところで、ヒマリは自分の失敗に気がついた。


 お紅茶を出したことに満足して、お菓子を出し忘れていた。


 危うく、大切なお客様に失礼をしてしまうところだった。

 

 ヒマリは慌ててふたりのお客様に「チョコレートはお好き?」と尋ねる。

 リンとツムギはパァっと表情を明るくして「うん!」と声を揃えた。


「はい。どうぞ」


 こちらも今日のために準備しておいた、とっておきのチョコレート。たしか1枚で1,000円くらいする高級なやつだ。


「このチョコレートはね、○ルカリなのよ」


 ヒマリは胸を張って、いかに素晴らしいチョコレートなのか説明するのだが、友達ふたりの反応は予想とは違うものだった。 


「○ルカリなら知ってる!」

「へぇ、ヒマリさんちも○ルカリやるんだ」


 もっと「スゴい!」とか「さすが!」とか言われるものだと思っていたヒマリは、思わず固まってしまった。


 もしかして、○ルカリではなかったのだろうか。

 確かそんな名前だと思ったのだけれど……。


 それでも、ふたりが喜んでくれているなら、チョコレートの名前なんて大したことではない。


「なんか……苦いよね」

「うん。ちょっと大人の味、かな」


 しかし、このチョコレートはふたりの口には合わなかったらしい。おもてなしが空振り続きで、ヒマリはなんだか暗い気持ちになってきた。



「ねぇねぇ。なんか、ゲームとかないの?」


 先ほどから部屋を見回していたツムギが少し退屈そうに言った。ヒマリとしては、もう少しお菓子を食べたり、おしゃべりをしたりしていたかったのだけど、お客様が言うなら仕方がない。


「ゲーム? それならトランプはいかが?」

「そうじゃなくて、テレビでやる方のゲームはないの?」


 ヒマリは困惑した。

 なぜなら『テレビでやる方のゲーム』というものに全く心当たりがなかったからだ。

 それにヒマリの部屋にはそもそもテレビが置いてない。


「ごめんなさい。ちょっと用意がなくて」

「えー!? なんで!?」

「ツムギ! 友達の家でそんなワガママ言っちゃダメだよ。うちだってテレビなんてリビングにしかないし」


 盛大に不満の声をあげるツムギを、リンがたしなめてくれた。


「それはうちだって同じだけどさあ。こんなっきな家だからテレビの3つ、4つあるかなぁって」


 なおも不満そうにするツムギだったが、リンにこんこんと説教された結果、トランプで遊ぶことに納得してくれた。


 ヒマリは安心してホッと息を漏らす。

 せっかく遊びに来てくれた友達を、イヤな気分で帰らせるようなことにならなくて良かった。


 いざトランプを始めてみたら、勝った負けたと誰よりも大騒ぎして楽しんでいたのはツムギだったのだけど。



 しばらく遊んでいたら、あっという間にリンとツムギが帰る時間。楽しい時間が終わってしまうのはとてもさみしい。

 ツムギが帰りたくないとゴネているのを見て、ヒマリは少しだけ安心した。それはツムギの部屋で遊ぶのが楽しかったということだろうから。



 友達が居なくなったあとの部屋に戻ると、なんだか少し寒くなったような気がしてヒマリはブルッと身震いした。


 さっきまで3人で遊んでいたのが、まるで夢だったかのようにシンと静かな部屋。


 ふたりとも、また遊びに来てくれるだろうか。

 そのときまでに『テレビでやる方のゲーム』というものを調べてみよう。


 ヒマリは静かに部屋の扉を閉めて、リビングへと向かった。




          【Aパート 了】


 

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