ポエムな日記(Bパート)
※サイコホラー注意
ここ数日、課内はまるでお通夜のような日々が続いていた。誰もが真っ青な顔をして、自分たちの非力さを噛みしめている。
かくいう私も、その一人だ。
日本中が注目している大事件の犯人の自宅を強制捜査したときに見つかった日記帳。
その内容が記されたコピー用紙を片手に持ち、べったりとパソコンの画面に張り付いていだ。
「まだいたのか」
「剣崎部長。すみません、私――あっ」
問答無用、とばかりに私の手からコピー用紙を奪ったのは、私のペア長でもある剣崎巡査部長だ。
さらにコピー用紙を奪われて空いた手には、キンキンに冷えた缶コーヒーを差し込まれる。ちらりと缶のパッケージを確認すると、しっかり『無糖』と書かれていた。
「本当は缶ビールでも差し入れてやりたいところなんだがな。……ふん。こんなもんのせいで、いつまで経っても帰れやしねぇ」
「ですね。コーヒー、ありがとうございます」
流れるように感謝の言葉を述べている私は、ブラックコーヒーが大の苦手だ。
しかし先輩の差し入れを断ることなど、小物である私に出来ようはずがない。
私は渡された缶コーヒーを開けて、一気にノドへと流し込んだ。
苦いものは舌に乗せなければいいのだ。胃に入れてしまえば味はしない。
冷えたブラックコーヒーのカフェインが胃袋に直撃して胃液がノドへとせり上がる。
剣崎部長はまるでゴミでも放るかのように、コピー用紙をこちらへ投げた。
私たちを縛り付けている、まるでポエムのようなこの日記は、ちょっと前に世間を震撼させた『北関東連続児童行方不明事件』の需要参考資料だ。
はじめの事件は3月4日。
「公園に遊びに行く」と言って家を出た
当初、警察は事件、事故、家出と様々な可能性を視野に捜査をしていた。
次の事件は4月25日、あの日は雨が降っていた。
被害者は
この日は近くの川が増水しており、心楽ちゃんらしき女児が近くで目撃されているという情報もあったことから、河川を中心に捜索が行われた。
三番目の事件は6月4日、連続行方不明事件と呼ばれてマスコミが騒ぎ出した頃。
被害者は
警察は事件の可能性が高いと判断し、特捜本部を設置。この時点では前の二件との関係性は無いものとして単独事件という扱いだった。
そして7月4日に四番目の行方不明事件が起こった。
被害者は
特捜本部による監視カメラチェックの結果、同時間帯に駐車場で大型のキャリーバッグを車に積みこんでいる不審な男が捜査対象となり、前の事件との関連性も疑われるようになった。
新たな犯行が起こったのは7月24日、犯行の間隔がどんどん短くなっていることがわかる。
これまでとは大きく離れた田舎の山村で小学3年生の
犯人は警戒が厳しくなった都市部を避けたものと考えられている。
前の事件で捜査対象となっていた男も同じタイミングで行方をくらませており、警察では重要参考人として大規模な捜索を開始した。
そして運命の8月5日が訪れる。
捜査員は重要参考人である
アダムは児童のものと思われる遺体の一部をむさぼり食っていたのだ。
後に遺骨の歯形から判明した児童の名前は
これまでに行方不明になっていた他の六名の児童についても、同じ建物の中から遺体で見つかり、アダムは死体遺棄、及び死体損壊の罪で緊急逮捕された。
児童の遺体を解剖した結果、どれも強い力で身体を圧迫されたことで死に至っていることが判明した。アダムは誘拐については認めているものの、殺意については一貫して否認しており、あくまで抱きしめただけだと供述している。
ここまでが『北関東連続児童行方不明事件』のあらまし。
そして今、テレビ、新聞、週刊誌、インターネット、ありとあらゆるメディアが、一斉に事件をエンタメとして消費しはじめている。
通称:『キラキラネーム連続殺害事件』
インターネット上ではもう誰も『北関東連続児童行方不明事件』なんて名称を使っている者などいない。正式名称を使用すべきマスメディアですら、ときに通称を使用している始末だ。
キラキラネームとは、無理やりな当て字、創作物のキャラクター名などを用いた奇抜な名前の総称である。
今回の事件、犯人も被害者も全員がキラキラネームであったことから、匿名の大衆の手であっという間にオモチャにされてしまった。
元より児童の行方不明事件であったこともあり、情報提供を呼び掛けるために被害児童の顔写真は公開されていたし、インターネットの力があれば個人情報なんて、あっという間に集まってしまう。
またたく間に家族写真まで公開され、裏付けも取れていない信憑性の低い情報が、まるで事実かのように拡散されていく。
挙句の果てに流出したのが、このポエムのような日記だ。
警察の内部資料流出、それだけでも大問題だというのに、今回はその経路が最悪だった。
――捜査員の端末から不正アクセスを受けている形跡が見つかったのだ。
当然、警察は威信をかけて捜査をすることを宣言した。
「アイツがこんなもん残したりしなきゃ、データが流出することもなかったし、俺たちが犯人捜しをする必要もない。全部あのクソサイコ野郎のせいだ」
「…………ですね」
先輩の言い分もわからないではないが、私の本音を言わせて貰えるなら「そんな重要な内部資料をローカル端末に保存してんじゃねぇよ、クソボケが」と捜査員を激詰めしたい。土台無理な話ではあるが。
現場の意識がそんな状態では、いつまで経っても資料は流出を続けるに違いない。
そこはかとない無力感を感じながら、私はサイバー犯罪対策課の一員として、『犯罪史に残る凶悪事件の犯人が残したポエムな日記を流出させた犯人』を見つけるために夜を徹して捜査している。
【Bパート 了】
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