糸(Bパート)
赤く染まった山々は燃え盛る炎のように荘厳で、茶色い山肌が溶け込んだ景色はこのあたりが景勝地と呼ばれる由来になっている。
俺はそんなキレイな場所で、ひとり釣り糸を垂らしていた。
慣れた風を装っているが、実はこれが初めての釣りだ。つまりはデビュー戦。
しかし、これほど釣れないとは思わなかった。
ここに来てしばらく経っているが、釣れるどころかアタリの一回すらない。
デビュー戦は惨敗。手を出すことも出来ずに1ラウンドノックアウト。
手痛い洗礼を受けて、俺の心はもう折れる寸前にあった。
「調子はどうだい?」
声を掛けてきたのは見知らぬ男だった。
おそらくコイツも釣りをしにきたのだろう、年季の入った釣り道具を肩から掛けている。
男はこちらの釣果を覗き込むと、ちらりと俺の顔を見て、隣に腰を下ろした。
「まあ、そろそろ来るんじゃないかな」
まだ空っぽの
男は全てわかっているかのように、ニヤリと笑った。
その後も、俺の釣り糸はぴくりとも反応することなく時間ばかりが過ぎていく。一方、隣りに座った男は時折ひょいと釣り糸を引き上げ、獲物を魂籠に放り込んている。どうやら順調な様子だ。
憎々しげに隣を見ていると、男は懐からなにかを取り出した。
どうやら
『ココの上、興味あります?』
疑似魂はそんな誘い文句を口にしている。
「こいつがあるとないとじゃ、食いつきが全然違うんだ」
こちらが聞いてもいないのに、男は勝手に解説をはじめた。
経験者特有の『初心者に教えてやりたい病』だな、と思いつつも勝手にノウハウをくれるのだから黙って聞いておくことにした。
「ほら。ちょっと下を見てみなよ」
男に促され、俺は疑似魂が放り込まれた先を目で追った。
疑似魂はしばらくフラフラとしていたかと思うと、退屈そうに樹のそばに座っている魂に狙いを定めて話しかけた。
「まず大事なのは、下の世界に満足していない魂を見つけることさ。欲望に餓えた魂じゃないと、いくら釣り糸を垂らしたところで無視されて終わりだからな」
なるほど。たしかに勉強になる。
俺はへぇ、と頷きながら男の次の話を促した。
「次はさっきの魂の動きを見ながら、ほかの魂がいないところを目掛けて釣り糸を垂らす」
「そうなのか……。なんで、ほかの魂がいるところじゃダメなんだ?」
「さてな。アイツらはほかの魂がいるところじゃ食いついてこない習性があるらしい。きっと恥ずかしがり屋なんだろうよ」
「ふふっ。魂のくせに恥ずかしがり屋とか、ウケるな」
会話を交わすごとに、だんだんと男との心の距離が近づいていく。
たまにはこういう出会いも良いものだ。
「ほら。釣れた! 見てみろ、この魂の慌てた顔を。こいつらはいっつもこうだ」
「絶望と恐怖に染まったイイ表情だ。たまらねぇや」
下の世界から釣られてくる魂は、ココを理想郷のような場所だと期待してくるらしい。だから俺たちを見て想像とのギャップに衝撃を受ける。
俺たちの巨大な身体も、赤黒い肌も、尖った耳も、牙も、角も。魂どもにとってはどれもが恐怖の対象らしい。たまに釣られた魂が『オニ』だの『アクマ』だの『ここはジゴクか』だのといった悲鳴をあげることがあるが、いったい何のことやら。
ココは俺たちの住む世界で、それ以外のなんでもない。
魂どもも、
「ほい。記念にコイツをやるよ」
「いいのか?」
男はさっき釣れた魂を俺の魂籠に入れてくれた。
今日は久しぶりに釣りたての魂が食える、そう思うと腹がぐぅぅぅと鳴った。
【Bパート 了】
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