繰り返す白雪姫(Bパート)


「おはようございまーす」

「ざいまーす」「うぃーっす」


 午前10時開始の音声収録。いわゆるアフレコというやつだ。

 僕たち音響スタッフは先に入って収録の準備をしているが、監督も、音響監督も、制作プロデューサーも、開始時間ギリギリになってようやく集まってくる。


「おはようございます! 今日はよろしくお願いします!!」


 王子役の声優さん。名前は……ほしあきら、というらしい。

 白雪姫という作品において、王子は最後に少しだけ登場する端役である。

 そこには『まだ誰も知らない新人声優』が配役キャスティングされていた。


 人気声優にばかり仕事が集まる業界、新人が潜り込める枠は少ない。

 本当に見込みがあって事務所やプロデューサーが推す新人の場合は、いきなり主役に抜擢されることもあるが、彼はそうではないタイプの、数多いる新人のひとりということだ。


「おはようございます! よろしくお願いします!!」


 白雪姫役の水無瀬あやかさんが入ってきた。

 人気の若手声優でファンも多い。今作の主役であり、広告塔でもある。


 人気とはいえ若手だからそんなに高くない。つまりコスパが最高だ。

 ただし、スケジュールはパッツパツだから、収録の日取りは全て彼女のスケジュールに合わせて組まれた。


「おはようございます」「おはよーござーまーす」「おはようございます!」


 ほかのスタッフや、七人の小人役の声優たちも集まり収録が始まった。

 ちなみに七人の小人は出番も多い重要な役につき、大御所の声優さんが配役されている。


「カット124から136。テストから」


 相変わらず、進め方が細かい監督だ。

 もっと長回しする現場の方が多いから、ちょっと調子が狂う。


 収録ブースに映像が流れ、表示される合図にあわせて声優が声を当てていく。


『あれ? どうしてこんなところに?』


 主役の水無瀬さんはここまでずっと収録をしてきているから、白雪姫のキャラがすっかり馴染んでいた。


『わあ! 白雪姫が目を覚ました! ばんざーい!!』


 七人の小人も素晴らしい。

 大御所らしい安定感と、声から伝わる個性がバツグンだ。


『ワタシは隣の国の王子デース』


「ふふっ」「ふふふ」「ふふ」


 王子のセリフが流れた瞬間、プロデューサーや関係者が集まる音響ブースに苦笑が重なった。ちらりと監督を見たら、いつも真面目な顔をしている監督まで苦笑いしていた。


 テストが終わり、監督と音響監督が意見を交わす。

 その結果は音響監督のマイクから収録ブースへ。


「えーっと、白雪姫はいまの感じで。七人の小人は、みんなで『ばんざーい』って言うところ、もっと揃えてみましょうか。それから王子、王子はねぇ……そうだな、ちょっとテンション高いから、もう少し抑えめで、トツトツと喋る感じでいってみましょう。はい、それじゃ本番、よーい」


 収録ブースに再び映像が流れた。

 さっきと同じ場面でカットがかかる。




「だいぶマシになりましたね」

「うーん。でも、まだいけるでしょう。小人の声は合唱かってくらいピタッと合わせましょうよ」

「あー。いっそ、ちょっと歌わせちゃいます?」

「面白いですね。じゃあ、それで」


 あ、監督の遊び心がうずいた。

 でも、案外こういう閃きが驚くほどハマったりするから面白い。


「王子はどうしましょうか」

「ちょっと思ったんですけど、彼……台本ホンに書いてある『外国の王子様』を汲み取りすぎてるんじゃないですかね。そこは忘れて貰って、彼の思うイケメンボイスをやってもらう感じで」

「ああ、なるほど。そうかもしれませんね」


 作戦会議は終わり、収録ブースに指示が飛んだ。


 なにか面白いことがやりたくてウズウズしていたのだろう。

 音響監督から「歌っちゃう感じで」と指示を受けた大御所たちがすごく楽しそうだ。


 一方、台本を読んで自分なりの役作りを頑張ってきたのだろう新人声優の星くんは、それを全て忘れるように言われてちょっと凹んでいるようだ。


 もちろん現場はそんなことをいちいち気にしていられない。


 音響ブースの使用時間は決まっているし、声優さんの出し時間だって迫っている。

 グズグズしていたら、制作が遅れてしまう。


 収録はすぐに再開された。



「わあ! 白雪姫が目を覚ました! ばんざーい!!」

「「「ばんざーい♪♪♪」」」


 さすが、大御所。息もピッタリで素晴らしい歌声だ。


「わたしは隣の国の王子です」


 お、いいぞ!

 彼の中のイケメン像は、白雪姫を迎えに来た王子にピタリとハマった。

 ただの偶然かもしれない。それでも良い作品アニメができるなら何でもいい。


「そしてあなたには、わたしのお嫁さんになって欲しいのでしゅ」


 あ、噛んだ。


「わかりまふふっ。あなたに……ごめんなさい。ふふふっ」


 あ、水無瀬さんまで。


「ぶふっ」「くっくっくっく」


 星くんが噛んだところまでは堪えていた人たちも、水無瀬さんにつられて笑いだしてしまった。

 でも、こういうときに重たい空気にならないのは、良いコトかもしれない。


「じゃあ、カット133から最後まで。録り直しまーす。王子、今の感じで大丈夫だから。リラックスして」

「はい。すみませんでした!」


 星くんが恐縮するなか、周りの先輩たちは気にするなと彼を励まし、あらためて四回目の録音が回り始めた。

 こうして何度も録りを繰り返すことで、白雪姫アニメの世界は少しずつ色づいていく。




          【Bパート 了】


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