ジョイフル・クリスマスイブ(Bパート)
12月20日。
昼下がりの喫茶店で、私は自分よりひと回りほど若い女性と対面していた。
不倫サレ妻と、泥棒ネコ女。
この席の周りだけ、剣呑な空気が漂っている。
「そう。香織さん、貴女。アイツが既婚者だって知らなかったのね?」
私が諭すように言うと、香織さんは静かに頷いた。
「はい。だってあの人、私には独身だって……うゔぅぅ」
香織さんは涙が止まらず言葉を詰まらせる。
きっと、悔しさだとか、恥ずかしさだとか、色んな気持ちが綯い交ぜになって感情が昂っているのだろう。
私はただ黙って紙ナプキンを数枚差し出した。
知らなかったとはいえ、自分の夫を寝取った女に私物のハンカチを貸してやれるほど私の心は広くない。
「本当に、私、知らなくって。あの……、もう二度とあの人には会いません。だから……」
自分のしたことを許して欲しい、と頭を下げる香織さんに私は黙って首を横に振った。許しを得られなかったと理解したらしく、途端に彼女の表情が引きつった。
「あの……、でも、私、お金とかなくて」
どうやら香織さんは慰謝料の心配をしているようだ。
今回の不倫について、彼女の言葉を信じるならば、夫は独身と偽って彼女と交際していたらしい。
それが真実なら全ての責任は夫にあり、彼女は私から慰謝料を請求される謂われなどないのだけど、『不倫=慰謝料』という図式だけ覚えてしまっているのだろう。
とはいえ、わざわざ教えてやる義理もない。
「あなたの言うことが本当なら――」
「本当です! 信じてください!!」
こちらのセリフも終わらないうちに、必死で訴えてくる。
「……落ち着いて、最後まで話を聞きなさい」
自分が余計なことをしていると気づいたのだろう。香織さんは小さな声ではい、と返事をすると、椅子に座って姿勢を正した。
こうして見ると、成人しているとはいえまだまだ子どもだ。
私を裏切った上に、こんな若い娘をダマして、あの男の心は少しも痛まないのだろうか。
「あなたの言うことが本当なら、慰謝料は要らないわ――」
瞬間、香織さんの表情がホッと緩んだ。
気持ちが顔に出すぎよ。
「――ただ、ちょっと手伝って欲しいことがあるの」
続けた言葉に、香織さんが訝しげな視線を向けた。
「次にアイツと会うのはいつ?」
「もう会いません」
「そういう意味じゃなくて、次のデートの約束はいつかってこと。あのバカのことだからクリスマスイブあたりかしら」
「あ……、あの……、はい。ごめんなさい」
本当にクリスマスイブだったらしい。
そんな特別な日に不倫なんかしてたら、怪しまれるに決まっているのに。我が夫ながら脇が甘すぎてイヤになる。
申し訳なさそうに頭を下げる香織さんに、私は優しく微笑みかけた。
「いいのよ。その日、デートに行ってらっしゃい」
「え? なんで!? ……ですか?」
「いいから。デートの場所はどこ?」
「DZNランドです」
「……そう。ベタね」
私と結婚する前も、初デートから数えて何度も行った場所だ。
当時は思い出の場所だから、なんて乙女なことを思っていたけど、全然違った。
どうやら、アイツは馬鹿の一つ覚えで、DZNランドに連れていけば『素敵なデート』だと思い込んでいる節がある。
「とりあえず、DZNランドに着いたら定期的に写真を撮って私に送ってちょうだい。定時連絡ね。最後はどうせパレードを見ようとするから、そこで挟み撃ちにしましょう。パレードの場所は私が取って連絡するわ」
今年のクリスマスイブは楽しみだわ。
あのバカ。二度と浮気しようなんて思えないくらい、怖い目に遭わせてやるんだから。
……でも、そうね。
途中で電話をかけてみて、もしも帰ってくれたなら……。
私は胸にほんの少しの希望を抱いて、クリスマスイブを待つ。
【Bパート 了】
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