運命の出会い(Aパート)


 ひとり、またひとり。

 先頭から順に、光の射す出口へと向かっていく。


 右にも左にも、僕と同じように出口を目指しているモノたちが大勢いる。

 この出口の先に運命の出会いが待っているのだ、と僕たちは聞かされていた。


「おい! 横から入ってんじゃねぇよ」

「うるせぇな。どこに“列”があるっていうんだよ」


 大勢がひしめき合えば揉め事が起こるもの。

 すぐ近くで罵り合う声が響いた。


 誰かが出口から外へと抜ければ、当然スペースができる。

 スペースができたら近くにいるモノが詰める。

 それが繰り返し、繰り返しと続いていく。


 うまいこと近くのスペースが空いたモノだけが前へと進める。ときには早いもの勝ちとスペースに滑り込むモノも。そしてまた揉めるのだ。


 争いごとは世の常なれど、自分の近くで罵声が飛び交う状況は気持ちの良いものではない。


 どうやら、そう思っていたのは僕だけではなかったようだ。



「イヤだねぇ。カリカリしちゃって。君もそう思わない?」

「え? ああ。そうだな」


 不意に隣から話し掛けられ、僕はドギマギしながら返事をした。

 金髪のサラサラした髪と翡翠色の瞳が魅力的な、まさに『王子様』とった風体のイケメンだ。筋肉質で無骨な僕とはまるで正反対だ。


「私には彼らも気持ちもわかるけどね。毎日、毎日、前が進むのを待つ日々が続いているんだ。本当に出口にたどり着く日はくるんだろうかって、不安にもなるさ」

「ああ。本当にそうだ」


 王子様の言葉は、きっとこの場にいる多くのモノの気持ちを代弁している。


 みんな不安なのだ。

 不安だからいつもピリピリしていて、ついカッとなってしまう。


「知っているかい? どうやら、もっと頻繁に『運命の出会い』が訪れる場所もあるらしいんだ」

「ああ。そんなウワサを聞いたことはある」


 誰がどこで仕入れてくるのか、僕もその話は聞いたがことある。

 ココではない場所、という未知の世界のおとぎ話。


 本当かもしれないし、ウソかもしれない。

 そもそも、例え本当だったとして……だからなんだというのだ?


 僕はずっとココにいる。ココ以外を知らない。

 別の場所の話をしたところで、ココの『運命の出会い』の頻度が、出て行くモノの数が増えるわけではないだろう。


 僕の持論を聞いた王子様は、少しだけ口元を歪めた。

 どうやら不快な思いをさせてしまったようだ。


「なるほど。君はずいぶんと達観しているんだね」

「まあな。こう見えて、僕はココの暮らしが長いんだ」

「へえ、そうなのか。じゃあなんだって、まだこんなところにいるんだい?」


 こんなところとは、つまるところ後ろの方だ。

 列らしい列がないとはいえ、基本的には前から順に詰めていくことを考えれば当然の疑問といえる。


 もちろん、僕がこんなところにいるのには理由がある。


「きっと、あなたは新しく入ってきたんだろう。ココでは新入りが入ってくると、必ず居場所がシャッフルされるのさ」

「そういうことか。つまり君は――」

「ああ。前回のシャッフルで後ろに戻されたんだ」


 あのときは、もう出口まであと一歩というところだった。

 無情にも後方へと追いやられた僕は、心の底から絶望した。


 その日から僕は、順番を争うようなことをしなくなった。


 いくら頑張って前へと進んだところで、シャッフルで後ろに戻されてしまえば苦労は水の泡になる。

 逆に後ろでダラダラしていても、運が良ければシャッフルで前に行けるかもしれない。


 だから僕は、運を天に任せることにした。

 もしも運よく前の方へ行くことができたなら、そのときは全力で出口を目指す。

 それまでは力を溜めておく方が合理的だ。


「君は『人事を尽くして天命を待つ』という言葉を知っているかい?」

「なんだい、それは?」

「君の話を聞いたあとでも、私は自分の足で出口に向かうってことさ」

「そうか。それじゃあ、頑張れよ」

「ああ。君も元気で」


 僕と王子様は別れの挨拶を交わした。

 挨拶を交わしたからといって、すぐに別々の場所に行くわけでは無いので、しばらくは隣同士だ。

 だけど、ぼんやりと日々を過ごしているうちに、いつの間にか王子様の姿は見えなくなった。


 異変が起きたのは、それからすぐのことだった。



「うわあああああ!!」

「に、にげろーーー!!」

「逃げろったって、どこに逃げれば――ぎゃあああ!!!」


 周囲はまさしく阿鼻叫喚だ。

 かくいう僕も悲鳴を上げて転がっていた。


 右へ大きく揺れたかと思うと、次は左へ大きく揺れる。

 長らくココにいるが、こんなことは初めての経験だった。

 つまり、これはシャッフルではない。シャッフルならもっと一瞬で終わる。


 前へ、後ろへ、とにかく揺れた。

 揺られながら、僕の体はいつしか出口の方へと近づいていた。


「くっ。私は、私は負けない!」


 そのとき、隣の方で聞き覚えのある声が聞こえた。

 いつかの王子様だった。


 もうこんな出口の近くまで来ていたとは。

 きっと『じんじ』を尽くして『てんめい』を待っていたのだろう。


 待ち望んでいた『てんめい』によって、出口から遠ざけられている王子様と、何もしなかったことで出口へと近づいていく僕。『てんめい』というやつは甚だ無情だ。


 最後に起こった大きな揺れで、僕はなんと出口の手前まで来てしまった。

 出口の門が開いたのは、それからすぐのこと。

 トンネルのような道を抜けた先に待っているのは、運命の出会い。


 外の世界へと飛び出した僕を、大きな手が包み込むように抱え上げてくれた。


(はじめまして。これからどうぞ、よろしく)


 心の声で一生懸命、想いを伝える。

 僕がこのときをどれだけ待ち望んでいたか。

 あなたに会えることをどれほど楽しみにしていたか。


 次の瞬間。彼女は僕の方を見て、とても嬉しそうに笑ったんだ。




          【Aパート 了】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る