魂の価値(Bパート)


「キサマの願いを叶えてやる」


 悪魔は数百年ぶりに、この言葉を口にした。


 黒魔術信仰が急速に廃れてきているせいで、召喚される回数がめっきり少なくなった。


 足元には懐かしい魔法陣。

 線が震えていたり掠れていたり、どうにも未熟な出来映えだが、贅沢ばかりも言っていられない。


 目の前には三人の青年。

 悪魔はさっそく魂の品定めをはじめた。


 椅子でふんぞり返って偉そうにしている男、あれはダメだ。

 こちらを見て首を傾げている陰湿そうな男、これもダメだ。

 最後にでっぷりと太った不健康そうな男。


 悪魔はニヤリと笑った。

 いるではないか。素晴らしい魂の持ち主が。


「キサマの願いを叶えてやる」


 不健康そうな男の目を、射抜くように見る。

 他の二人が訝しみ、首を傾げている中、その男の瞳は期待でキラキラと輝いていた。


 なにを期待しているのか、表情で丸わかりだ。


 ――不遇な人生を一発逆転してやろう。


 そんな顔をしている。悪魔に期待をかける人間の思惑はどいつもこいつも似たようなものだ。


 さあ、さっさと契約を済ませてしまおう。


 しかし、不健康そうな男は後ろでウジウジするばかりで願いを言わない。そのうちに、偉そうな態度の男と陰湿そうな男が、願いを叶えろと言い出した。


 当然、悪魔は断る。


「願いを叶えてやれるのは、こっちの醜い男だけだ」


 そう言って、不健康そうな男を指で指すと、ついに男が願いを口にした。


「僕の願いは……、正しく生きる者に幸運を、不誠実な者には罰を求めます」


 悪魔は「はぁ」とため息をついた。

 人間と言うやつは、どうして回りくどい表現を好むのだろうか。


 こっちは『契約』をしにきているのだ。

 抽象的な表現であとから「そういう意味じゃ無かった」などとゴネられてはたまらない。


 だいたい『正しく生きる者』と『不誠実な者』を合わせたら全人類が対象になるんじゃないか?


 どうせ自分を虐めていた兄たちが不幸になって、自分だけが幸福になれれば良いくせに。


 それをハッキリと本人に言わせるのも悪魔の役目である。


「正しく生きる者とは誰のことだ?」

「僕のことです」


 知っている。


「……では、不誠実な者とは誰のことだ?」

「ここにいる二人の兄のことです」


 それも知っている。


「つまりキサマの願いは、自身の幸運と、兄たちの不幸ということだな」


 神妙な顔で頷く不健康そうな男を見下ろして、ひと仕事を終えた悪魔が契約を宣言する。


「良いだろう。対価はキサマが死んだ後の魂だ。死後に天国へ行くことはなく、悪魔の支配を受けることになる。全ては悪魔の思うがままだ。契約に合意したならば二度頷け」


 不健康そうな男が二度頷き、無事に契約が完了した。悪魔は静かに魔法陣の中へと消えていった。




「久しぶりの下界はどうだった?」


 魔界へと戻った悪魔を仲間たちが興味津々で待っていた。下界へと召喚されることが珍しいため、土産話を待っていたのだ。


「ふん。人間は昔も今もなにも変わらなかったよ」

「そうか。それは重畳。成果はどうだ?」

「バッチリだ。条件の良い魂と契約が出来た」


 悪魔が答えると、仲間は相好を崩した。


「そうか、そうか。あとどれくらいだ?」

「残り2か月だ」

「素晴らしい! 2か月後には新しいオモチャが手に入るのだな。久しぶりの人間、今から楽しみだ」


 悪魔が契約する魂の条件、それは残り寿命の短さである。魂が清らかだとか、穢れがないとか、そんなことはどうでも良い。

 人間はどう思っているか知らないが、悪魔にとっては人間の魂など、どれも似たようなものなのだなら。


 今回、契約を断った二人の男は、まだまだ五十年以上の寿命があった。


 ――そんなに待てるものか。


 悪魔にとっての魂の契約とは、人間風に言い換えれば商売のようなもの。


 先に『人間の望みを叶える』という商品を納品するのだから、対価である『魂』の回収は早ければ早い程よい。

 

 人間オマエたちも、回収ツケが溜まってばかりの商売では長続きしないだろう?




          【Bパート 了】


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