ステーキとカッコウ(Bパート)


「キョン、今晩はお泊りで大丈夫なんだよね?」

「ごめんね。いつもお邪魔しちゃって」


 恭子きょうこは、学生時代からの友人である加奈かなの家に泊まりに来ていた。結婚して3年が経つが、15年来の付き合いである加奈との関係は変わらない。


「ショウくんは……、もう寝たみたいね」

「ぐっすりよ。もうここじゃ緊張しないみたい」


 2歳半になる息子の翔吾しょうごも、何度も加奈の家に遊びに来ているうちにすっかり慣れた。


「旦那さんは、相変わらず?」

「うーん。今日は幼馴染と久しぶりに飲むんだって言ってたけど」

「けど? ウソついてる感じ?」

「ううん。あれはきっと、幼馴染と飲みには行ったあとで女のところに行くパターンだと思うわ」

「うわっ。やってそー!」


 時刻は夜9時。

 子どもが寝てくれて、お酒も入ったとなれば、赤裸々な女子会トークが始まる。


「あのひとは隠すのが下手なのよね。というか、バレても構わないって思ってるんじゃないかな」

「エリートサラリーマンで、実家は資産家の次男坊で、見た目だってアラフォーとは思えないくらい若々しい。そりゃまあ、調子にも乗るか」

「そうなのよね。見た目はあたしのタイプじゃなかったけど」


 恭子の夫、健介けんすけは仕事だ、飲みだ、と家にほとんどいない。

 たまに朝方帰ってきたかと思えば、汚れた衣服と洗濯済みの着替えを交換して、そのまま出て行くばかり。


 だからこそ恭子は、こうやって気軽に友人の家でお泊りができるわけだ。

 

 今ごろあっちはオシャレなバーでカクテルでも飲んでいるのだろうか、などと考えながら、恭子はアルコール度数が高めの缶チューハイをグビグビと音を立てて飲む。


「キョンが結婚するって聞いたときは、本当にビックリしたもの。アンタは絶対にカケルと一緒になるって思ってたから」

「ないないない。アイツはいい男だったけど、結婚は無理。安月給で怪我したら終わりの肉体労働、地元から離れられない田舎ヤンキーあがり。どう考えても生活に苦労するじゃん?」

「それはそうだけどさぁ。そこを一緒に乗り越えるのが愛ってもんじゃないの?」


 不意打ちで喰らった加奈のセリフに、思わず恭子はチューハイを噴き出した。


「ちょっ、やだっ! きたないなあ」

「ごめんッ! だってカナが『愛ってもんじゃないの? キリッ!』とか変なこと言うから」

「なによぉ。いいじゃないの、まだ結婚に夢を見てたいのよ」

「33にもなって?」

「うるさいッ!」


 いつになっても気が置けない友との飲み会は楽しいもの。

 キャッキャとはしゃぎながら、女子会の夜は更けていく。


「ところでさあ、旦那さんはショウくんのこと知ってるの?」

「さあ。話したことはないけど、薄々気づいてるんじゃないかな」


 恭子は愛しい息子の寝顔をみつめる。

 その表情は元カレであり、この子の生物学上の父親でもあるかけるにそっくりだ。


 恭子は妊娠が発覚してすぐ、翔と別れることを決意した。

 同時に、キャバクラのお客の中で最も有望な結婚相手としてキープしていた健介にアプローチをかけ、1カ月で結婚までこぎつけた。いわゆる『托卵』というやつだ。


 全ては生まれてくる子供のため。

 我が子に何不自由ない生活をさせるためならば、結婚相手は好きな男性でなくても構わない。


 健介が性欲のために好きでもない女性とでも行為に及ぶように、恭子は母性のために好きでもない男性の庇護下に入ることを選んだだけだ。


「あのひとも自分と全然似てないことくらい気づいてると思うんだよね」

「なのに、結婚生活を続けてるって? そんな男性おとこいる?」

「あたしだって、浮気してるの知ってて知らないふりしてるじゃない」

「それも意味がわからないわ。なんで結婚したの?」


 友人の歯に衣着せぬ物言いが、いまの恭子には心地よい。


「お互いに都合が良かったのよ、きっと。あたしは翔吾のために不自由のない生活が欲しかったし、彼は自分のステータスのために隣に置いておく自慢の妻が欲しかった。結婚なんてただの契約よ」

「……うん。わかんないわ。アンタたち夫婦がいいなら、それでいいけど」


 ぞんざいな返事を残して、加奈は寝支度をはじめてしまった。

 わかんない、と言いながらも、こうして付き合いを続けてくれる加奈に感謝しながら、恭子は残りの缶チューハイを一気に飲み干した。




          【Bパート 了】

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