世界の終わりに(Bパート)


 車窓の向こう側を、緑豊かな景色が走り抜けて行く。

 シェリーはあごに手をつき、肘を窓枠に置いて、ぼんやりと景色を眺めていた。


「もうこれ以上……、あなたと一緒にいることはできないわ」


 ほんの1時間前。シェリーが愛しい女性リサに告げた言葉だ。


 彼女たちは同性愛者だった。

 気がついたときには『LGBT』と呼ばれていた。

 あるときから『LGBTQ』と呼ばれるようになって、そのうち『LGBTQQIAAP』とかいう、わけの分からないレッテルを貼られていた。


 当事者ですら理解の及ばない複雑なカテゴリ。

 インターネットを活動の場に「多様性を認めよう」と声高に叫んでいる人たち。


 それらもシェリーにとっては都市伝説のようなものだ。残念ながら、彼女たちが住む地域では性の多様性なんてものは存在していない。


 インターネットを通して、そういう存在については認知されているが、そこに紐づくものは理解でも許容でもなく、嫌悪であった。


 そんな場所で、シェリーは自分がレズビアンというセクシャルマイノリティだと自認した。唯一幸運だったのは、同じレズビアンの恋人ができたこと。


 それはもう、夢のような時間だった。

 ――でも、バレてしまった。


 最初は大学でウワサになった。

 高校の頃の同級生にウワサが届くまで、さしたる時間はかからない。

 そこから親にバレ、周囲にバレ、ふたりの関係は終わりを迎えた。


 シェリーも、リサも、親に泣かれ、親族に蔑まれ、友人には腫れ物のように扱われ、一瞬にして居場所が失われていく。


「なにが、『私のことも性的なそういう目で見てるんでしょ』よ。こっちにだって選ぶ権利くらいあるっつーの」


 シェリーは缶ビールをあおりながら、窓の外に向かって悪態をつく。

 目的のない傷心旅行。


 浮かんでくるのは、リサとの思い出ばかり。

『一緒にいることはできない』は、『本当は一緒にいたい』の裏返し。


 旅行したくらいで忘れられるような恋ならば、そもそも心に傷など負いはしない。

 傷心旅行とは心を整理するための時間なのだろう。


 ならば、露骨に彼女のことを避けたり、無理に忘れようとするのは逆効果なのかもしれない。


 もっともらしい理由をつけながら、シェリーはリサのことを思い出す。

 そこで、はたと思い立ち、シェリーは電車を降りた。



 国立自然科学博物館。

 ちょっと前に、リサが行きたいと言っていた場所だ。なにやら最近、歴史的な大発見があったとか。


 目的の展示までは迷わずたどり着くことができた。

 建物の外から中まで、大発見をアピールする看板やら、ポスターやらが次々に出てくるのだから迷いようがない。


 展示されているのは2頭の恐竜の化石、らしい。

 大勢の人が集まっていて、化石らしきものがあることしかわからない。


 シェリーは諦めて、近くの休憩スペースに腰を下ろした。


「まさか、こんなに混んでるなんて……。それにしても、なんで恐竜の化石が大発見なのかしら」


 この博物館には、前から化石の展示が常設されていたはず。

 恐竜の化石なんて、今さら珍しくもないだろうに。


「それはね。この2匹の恐竜が重なり合った状態で見つかったから」

「……ッ!? リサ!!」


 思いがけない人物との遭遇に、シェリーの声が裏返る。


「まさか、こんなところで再会できるなんて思わなかったよ。君にとっては……その。良い再会ではないのかもしれないけれど」


 そんなことはない、という言葉を飲み込んで、シェリーは話を変える。


「この2匹はツガイだったってこと?」

「え? ああ。……どうやら2匹ともメスらしいんだ。だからまあ、偶々近くで死んだ2匹が奇跡的に重なり合って化石になったんじゃないかって――」

「2匹ともメスだったら、ツガイじゃないの?」

「それは……」


 シェリーは強い瞳でリサを見つめた。


 これは運命だ。

 彼女たちがレズビアンとして生まれたことも。

 2匹の恐竜が重なり合って化石となったことも。

 その展示の前でふたりが再会したことも。


「シェリー。ごめん、ボクが間違っていたよ」

「私の方こそごめんなさい。本当はずっとあなたと一緒にいたいの」


 彼女たちは今度こそふたりで生きていくことを誓いあった。

 世界が自分たちのことを認めなくても、ふたりだけの世界で生きていく覚悟を決めた。


 太古の昔。

 世界に殺されたツガイの化石の前で。




          【Bパート 了】

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