【完結】全てが《どんでん返し》の物語『リバーステイル』 ~表があれば裏もある。Aパートの隠れた真実がBパートで明かされるショートショート集〜

石矢天

tale01~tale10

世界の終わりに(Aパート)


 いつまで経っても夜が明けない。

 太陽はもちろん、月も、星も、すっかりその姿を隠してしまった。


 地の果てよりも暗く、背すじも凍るほどに冷たい漆黒の世界は、終末と呼ぶにふさわしい情景だ。


 天地がひっくり返るかのような大きな地震。

 冬なのに真夏のような高温の熱波。

 立て続けに火と溶岩を吹く山々。

 崖のように大きな津波。


 いくつもの天変地異が続いた後に、この暗黒世界がはじまった。いま思えば、あれこそが終末の始まりを告げる合図だったに違いない。


 太陽の光を浴びて生きてきた植物は、ほとんど枯れて果てた。

 植物が枯れれば、草をむ動物たちも生きていくことは出来ない。

 草食の動物たちが死に絶えれば、肉を喰らう動物たちも餓えて死ぬ。


 少し順番が違うだけで、遠からず全ての生物は地上から姿を消すことになるのだろう。

 そんな世界でボクたちは、一体いつまで生きていくことが出来るのだろうか。



「あぁ、怖い。……怖いわ」


 愛しい女性リサラの身体が、ボクの隣で小刻みに震えている。


 ボクたちに子供はいない。

 出来ないことは、彼女と一緒になったときから分かっていた。

 

 終わりゆく世界でふたり、ボクたちは身体を寄せ合って生きている。


「もしも、この世界が終わるのだとしても。ボクたちは最期までずっと一緒にいよう」


 恐怖を訴える彼女の瞳を見つめながら、ボクはまっすぐに愛を誓う。

 口だけなら「大丈夫だ」とも「心配するな」とも言えるが、そんなことに意味があるとは思えない。


 生命の危機……、いや種の存続すらも危うい状況であることは、彼女だってよくわかっている。

 ボクたちが生きているこの世界に、未来への希望など一握りさえも存在しない。

 そこまで理解していても、怖いものは怖いのだ。


 ならば、そんな世界で唯一頼れるものは、『愛』以外に無いとボクは思う。



『もし明日、世界が終わるとしたら何がしたい?』


 幼い時分、戯れにそんなことを訊いた記憶がある。


 相手は父だったか、母だったか。

 もしかしたら兄弟の誰かだったかもしれないし、友人だったかもしれない。


 もちろん、そのときの答えなんて覚えてやしない。

 自分自身がどう考えていたのかも記憶にない。


 ただその問いだけを、まさに世界が終ろうとしている今、不意に思い出した。

 

 それにしても意外だった。

 世界が終わるとき、というのは幕が下りるようにスパッと終わるのかと想像していた。こんなふうに、真綿で首を絞められるようにジワジワと終わりへ向かっていくものだとは思わなかった。


 蒸発するように一瞬で死ぬことは稀で、多くは餓えに苦しみながら死んでいく。それがこれから先、すぐ目の前にある未来だと考えると、背筋が寒くなる。


 その日。

 ボクは大きな決断をした。



「なあ、リサラ。湖へ行かないか?」

「……どうして?」


 いきなり、ボクは言葉に詰まってしまう。


 天変地異の影響で、透き通っていた湖の水は茶色く濁り、所狭しと泳いでいた魚たちはすっかり姿を消してしまった。


 どうしてそんなところへ行くのか、と聞かれると良い答えが思い浮かばない。


 ウソでもいいから、予め答えを用意をしておけば良かったのだけど、そういうところに気が回らない性質たちなのだ。


 ボクが困った顔でいると、リサラはなにかを察したように立ち上がった。


「あなたが行きたいところなら、私はどこにだってついていくわ」

「ああ、リサラ。やっぱり君は最高だよ」


 こうしてボクたちは、ふたり連れ立って湖へと向かった。


 季節は春。本来なら少しずつ気温が上がって、春の陽気とともにピクニックにでも出掛けている頃合いだ。


 それも太陽が姿を隠してしまっては、陽気どころではない。ただただ寒い。

「今年は春が短かったね」なんて会話の、なんて贅沢なことか。

 おそらく、今年は春どころか夏だって来やしない。


 そんな状況だ。当然、湖はほとんど貸し切りのような状態だった。

 閑散とした湖を見て、リサラがつぶやいた。


「なんだか、少しさみしいわね」

「いいじゃないか。ボクたちでこの湖をだ」


 ほんのちょっとでも前向きに。

 気持ちだけは負けないように。


 ボクたちは湖で魚を獲る。

 以前なら、あっという間に2、3匹は獲れていたのに、いまは1匹獲れれば奇跡だ。なにせ魚が泳いでいる姿が全く見えない。

 だからこそ、ふたり占めできているのだけれど。

 結局、ボクたちは一匹だって魚を獲ることは出来なかった。

 

 夜になっても星ひとつ顔を見せない、真っ暗な夜空を見上げる。


「なあ、リサラ」

「……なぁに?」


 細い声で答える愛しい女性を見つめた。

 肉付きの良かった自慢の身体は、もはや見る影もなくやせ細ってしまっている。


 骨と皮ばかりになった彼女の身体を、ボクはやさしく撫でる。


「愛しているよ。これからも、ずっと」

「……私もよ」


 ボクたちはもう何日も、食事らしい食事をできていない。

 彼女は決して不満を言わないが、おそらくもう限界だろう。

 ボクだって限界なのだから。

 

「ボクと一緒に、死んでくれるかい?」


 これ以上、餓えに苦しむことのないように。

 世界に殺される前に。自ら死を選ぶ。


 この暗黒世界で、ボクが出した結論。

 リサラはもうほとんど力が入らない身体で、やさしく微笑んだ。


「言ったでしょう? 私はどこにだってついていくわ」


 ボクたちはこの湖を最期の場所にすることに決めた。

 ふたりは寄り添いあって、死を受け入れる。


 もしも来世というものがあるのなら、再びふたりで生きていけることを願って。

 次こそは、世界に殺されない世界であることを願って。




          【Aパート 了】



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