追われるもの(Bパート)


「特捜2班。マルヒ、確認しました」


 A県警捜査一課の刑事である番場ばんばは、現在ペアで被疑者マルヒを尾行中である。


 マルヒの住む部屋の直線状にあたるボロアパートの一室に、事前にビデオカメラを仕掛けさせて貰ったことで日々の行動記録は取れている。


「久しぶりの休暇を満喫してされたようで。今晩あたりお楽しみの時間かな」


 これまで地道に重ねてきた捜査によって、ついに捜索差押令状も取れた。

 確実に家に居るタイミングを狙うため、今日一日、B川警察署捜査一課はマルヒの行動を全て監視していた。


 すでにマークされていることも知らずに、友人と夕方から飲み歩くマルヒを見て、あまりの暢気さに呆れてしまった。


「ホント、いい気なもんすよねぇ。こっちはろくなメシも食えないうえに、トイレだってガマンしてるってのに」


 ペアの巡査がボヤくのをたしなめつつも、正直なところ番場も全く同じ気持ちだ。


 友人と別れたマルヒを、十分な距離を取って尾行する。

 このあたりは住宅街の近くで、夜になると車はおろか、人もほとんど通らないため尾行には細心の注意が必要だ。


「(待てっ!)」


 不用意に前に出ようとした巡査を小声で押しとどめる。

 その瞬間、マルヒが不意に後ろを振り向いた。


 こちらに気づいたわけでは無いようだが、マルヒの歩くスピードが早くなった。


「(先輩!?)」

「(いいから、そのまま待て)」


 マルヒが住宅街へと入っていくところを見届けると、番場は落ち着いて無線で仲間に連絡した。


「特捜2班から本部。マルヒがルートAに入った」


 住宅街は道が狭く、ほとんど人が通らない。

 尾行が困難になることは想定のうえ、他の班が事前に張り込みをしている。


「大丈夫だ。別班がちゃんと追っている。俺たちも離れてついていくぞ」


 神妙な顔で頷く巡査を引きつれ、番場はマルヒの後を追う。

 先程よりさらに大きく距離を取っているが、人混みでの尾行と違って見失うリスクは低い。


「誰!?」


 再びマルヒが後ろを振り向く。

 

 十字路の角に身を隠したまま、番場は息を殺す。

 街灯もほとんどない暗い路地で、彼女の場所から番場たちの姿を目視できるとは考えづらい。


 もちろん、張り込みをしている別班のメンバーだって、こんな素人に見つかるほどマヌケではない。


 マルヒが異常に勘がいいのか……いや。


「まさか……幻覚を見ているのか?」


 大慌てでアパートへと走っていくマルヒの言動が尋常ではない。

 覚せい剤アイスの副作用と考えるのが妥当だろう。


「ないっ、ないっ、これでもないっ! あああぁぁ、もうッ!!」


 なにやら部屋の前でハンドバッグの中身を放り出しながら、マルヒが奇声を上げている。

 そういえば、テンパったときの猫型ロボットがこんな感じだったな、などと思い浮かべてしまうくらい滑稽な光景だった。


「うわぁ。あれは相当キテますね」

「さっさと捕まえてやるのが本人のためだ」


 憐れなマルヒから目を離さず、番場は静かに無線を繋げる。


「特捜2班から本部。マルヒの行動が異常だ。注意されたし」


 仲間への注意を喚起しつつ、番場はマルヒの動きを追う。

 通常、家宅捜索ガサは早朝に行うことが多いが……、この様子だと深夜のガサ入れもありえそうだ。


 罪状はもちろん『覚せい剤取締法違反』だ。

 マルヒは初犯ということを考えると、執行猶予付きの判決になるだろうが、ここで薬との関係を断てるかどうかが、彼女の人生の分岐点になる。


 願わくば、彼女が真っ当な人生に戻れるように。

 番場たちは仲間と共にアパートの周りを取り囲み、玄関のチャイムを押した。




          【Bパート 了】


※警察用語や、無線のやりとりが実際のものと異なる場合がございますが、校閲を受けているものではありませんので、温かい目で見守ってください。


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