第11話 ありし日

 城の書庫は足元から天井まで本で埋め尽くされている。装丁も厚さも一つとして全く同じものはない。国中から集められた知識の髄を極めた研究書、海を渡って届いた見たこともない外国の物語。この書庫に座って表紙を開くだけで、どこへでもいける気がする。

「クルックス! 今日また新しいのが入ったって?」

 静寂が満ちた書庫の空気をふるわす活発な声に振り返れば、黒に近い髪の青年が濃紺の瞳を輝かせていた。

「耳が早いよ。まだ登録が終わったばかりで棚にもしまってないのに」

 クルックスと呼ばれた、室内にいた栗色の髪の青年が答える。机の上に積み上がった本を台帳に記したばかりだ。

「また取り出す手間が省けたな。どれが一番面白そう?」

「僕はこれかな。新しい海洋生物の生態研究が出たらしい」

「またそういう類か。学問好きだな。歴史系のやつはないのか」

「あるよ。これとか」

 本の山から抜き出されたのは、分厚い布張りの装丁に金銀の糸で表題が綴られた美しい歴史書だ。宝物でも触るように、渡された書の表紙を捲る。

「読んでも?」

「もちろん。ほら」

 手のひらに収まるナイフを差し出す。新品の書物のページはまだ切れていない。書をそっと机に置くと、青年は袋状になったページの間にナイフを入れる。クルックスもその後ろから覗き込んだ。

「結局お前も読むのか」

「当たり前だろ。早くして」

 新しい知識と物語は、いつであれ心が躍る。自分達がまだ知らないどんなことがこの中に詰まっているのか。

 期待で速まる動悸を感じながら、青年は折り目に沿ってナイフを引いた。


 ***


 知識欲旺盛な二人の幼馴染。ありし日の書庫で。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る