姉五十七歳、弟五十五歳

敬史は秋田の地に何度も通ううちに美沙の控えめな優しさに惹かれるようになっていた。美沙は普段口数が少なく、スリムな体型ということもあり弱い印象を持たれがちである。しかし、一緒に行動してみると思いのほか芯がしっかりとしていて、そんな面も敬史は気に入っていた。ただ、一回り以上も年下の女性に想いを告げることはせず、同じ活動をするスタッフとして接するよう心掛けていた。


一方、美沙は活動を着々と進めて行く敬史に引っ張られながら活動している状況を心地よく感じていた。しかも、自分が一生懸命やればその分、子供たちが喜んでくれる。そんな反応も嬉しくてついつい活動にのめり込んでいった。そして、敬史が何度も秋田まで足を運んでくれているうちに、敬史への心情が変わっていくのを感じるようになった。しかし、美沙が知っている敬史は、秋田で一緒にボランティア活動をしている時だけのことだった。東京でどんな仕事をし、どんな人たちとどのように過ごしているのか、何が好きなのか嫌いなのか、知らないことばかりだった。それと、敬史とは十五の歳の差があり、自分を振り返ってくれるとは思えなかった。


こうして、想いを寄せ合う二人が距離を保ったまま数年が経った。そして、そんな状況を変えたのもやはり子供たちへの想いだった。敬史が粘り強く交渉することで宝田の協力を得るようになって数ヶ月が過ぎた頃、宝田と心幸園の園長、敬史と美沙の四人で酒を飲むことになった。最初は養護施設のことが主な話題だったが、宴が進むにつれ話は他愛のないものに変わっていった。そして、ふと宝田が敬史の家族について話を振ったことが二人にとって啓示となったのだった。


「へえ、川島さんは独身なんですか。これだけの男を放っておくなんて、都会の女性達はどこに目をつけてるんですかね。」

「宝田さん、からかわないでくださいよ。私はそんないい男じゃないですよ。ほら、足も悪いし。」

「そんなことないですよ、ねえ、五十嵐さん。秋田の女性から見てどうですか?」

「え、ええと・・・・・・。」

「宝田さん、やめて下さいよ。ほら、美沙さんだってそんな答え難いことを聞かれて困ってるじゃないですか。」

「あれれ、川島さんも五十嵐さんも顔が真っ赤ですよ。あれ、もしかして、二人は・・・・・・。」

「宝田さん、ちょっとお酒を飲みすぎなんじゃないの。あまり失礼なことを言うものじゃないわ。」


敬史と美沙が二人で出掛けるようになるまでこの日から三ヶ月掛かったが、それでも二人にとっては大きな前進だった。そして、ゆっくりと歩を進めた二人は美沙が四十歳になる前に婚姻届を出すことに決めたのである。


当初、敬史は結婚式と披露宴はやらなくていいと考えた。五十過ぎの初婚であり恥ずかしいと言うのが主な理由だった。幸いにも美沙も同意してくれたのでそれで構わないだろうと思っていた。ところが、ブルズのチームメートや”空”や”海”のスタッフ、マルイチの関係者、果ては高木や宝田や心幸園の園長などにも結婚式と披露宴をやるよう説得されてしまった。流石に敬史もこれだけ言われて断るわけにもいかず、結婚式と披露宴を行うことになった。


結婚式当日、緊張する敬史を余所に純白のドレスに身を包んだ美沙は凜として美しかった。そして、チャペルで誓いの言葉を交わした後、美沙がとても嬉しそうな表情を浮かべた。敬史はその表情を見た瞬間、大きな過ちを犯さなくて済んだことに気付いた。尻込みする自分を後押ししてくれた皆に感謝する敬史だった。

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