姉五十七歳、弟五十五歳

大川に再会してからしばらくたったある日、敬史は自分たちが世話になった養護施設を訪れた。大川麗の父親が示してくれた態度に感謝をした敬史は、改めて自分がこれまでにやってきた恩返しについて考えてみた。そして、恩返しの原点にあるものは大川麗のことであり、養護施設のことであり、祖母のことなんじゃないかと考えるようになった。そして、その考えが正しいのかどうかを確認するつもりで施設に足を向けたのだった。


養護施設「みどり園」の園長は敬史より五歳ほど年上の女性だった。当時のことはわからないが、園を取り囲む環境は園長になった十五年前からほとんど変わっていないと話した。だから敬史たちがいた頃も今とさほど変わらない環境だったのではないかとも話した。するとそこに七~八歳くらいの男の子が部屋に飛び込んできた。


「先生、お腹空いたぁ!」

「こら、順。お客様の前でなんですか。まずは御挨拶でしょ。」

「あ、ごめんなさい。おじさん、こんにちは。」

「こんにちは、順君。」

「先生、今日のおやつは?」

「はいはい、順は本当によく食べるわねぇ。野中さんに貰ったお芋が蒸かしてあるから食べるかい?」

「え~、またおいもぉ・・・。毎日おいもじゃ飽きちゃうよ・・・。」

「それじゃぁ今日のおやつはなしね。」

「あ、食べるよ、食べる。いつものとこにおいてあるんだよね。」


言い終わらぬうちに順は走って部屋を出て行った。


「すみませんねぇ、躾にはなるべく気をつけるようにはしているのですが・・・・・・。」

「あ、いえ。男の子はあれくらい元気があったほうがいいですよ。それより、失礼ですがおやつはいつも蒸かし芋とかなんですか?」

「はは、お恥ずかしい限りです。育ち盛りの子が多いのでなるべく彼らの好むものをとも思うのですが、なかなか予算も厳しくて・・・。」

「それで手作りのおやつということですか。」

「ええ、養護施設やそこで暮す子供たちへの偏見は徐々に少なくなってきていると思うのですが、国の施策はまだまだ厳しいんです。まあ、日本の景気がこんな状況ですから仕方のない面もあるのでしょうが、ここのような施設で暮す子供たちは誰も守ってくれる人がいないんです。だから、国や自治体が、そして、近隣に住む人たちの助けが必要なんです。それなのに・・・・・・。」


園長の寂しそうな横顔を見ながら敬史は思った。自分たちの時は祖母がいてくれたから施設で過ごした期間は短くて済んだ。しかし、もしもこの施設がなかったら自分たちはどうなっていたのだろうか・・・・・・。親に見捨てられた自分たち姉弟を助けてくれた施設。自分がこれからもいろいろな形で恩返しを続けていくためには、この施設にも何らからの形で報いるべきなんじゃないだろうか。


数日後、食事に来た恵美子に「みどり園」を訪れたときの様子を伝えた。


「へえ、まだあるんだ。懐かしいね。」

「建屋は流石に変わっていたけど、中庭の様子なんかはあの頃の面影があちこちに残っていてタイムスリップしたみたいな不思議な感じだったよ。」

「そう、今度私も顔出してみようかな。」

「だけどね、費用面ではかなり厳しいらしいんだ。おやつも近くの農家から貰ったサツマイモを蒸かしたりしてかなり倹約しながらやり繰りしてるんだって。」

「ふーん、そうなんだ。それじゃ私たちがいた頃とあまり変わらないのかな。」

「うん、運営面ではあまり変わっていないみたいだよ。ただ、施設や子供たちへの偏見みたいなものは大分良くなったって園長さんが言ってたけどね。」

「そういえば、あの頃もおやつに出てきたのってサツマイモとかトウモロコシとか野菜系のものが多かったよね。で、敬史が甘いものが食べたいって駄々こねて園長を困らせたりしてたもんね。」

「ええ、そんなことあったっけ?それ、姉ちゃんの作り話なんじゃないの?」

「作り話じゃないよ。ある時なんかサツマイモを目の前にしてじーっと見るだけで食べようとしないから、いらないなら私が食べちゃうよって言ったら慌ててほおばったこともあったんだから。何であの時、あんなに凝視していたんだろう?憶えてる?」

「そんなこと憶えてないよ。それよりさ、「みどり園」にも何かお礼する方法ってないかな。」

「お礼?」

「うん、お礼と言うか恩返しと言うか。ほら、いつだったか大川さんが店に来てくれたことがあったろ?あの後、いろいろと考えてみたんだ。俺たちの恩返しの原点って何なのかなって。そうしたら麗ちゃんとか、みどり園とか、お祖母ちゃんのことなんかが浮かんできてさ。」

「そっか、それで唐突にみどり園に行ったんだ。」

「うん。とにかく行ってみないと何もわからないかなと思ってさ。そしたらさっき言ったような状況だろ、こうなったら何か行動しないといけないんじゃないかって気になってきてさ。だけど、何をしたらいいのか、なかなかいい案が浮かばなくて・・・・・・。」

「ふーん、そんなこと考えてたんだ。確かにみどり園がなかったら私たちどうなっていたかわからなかったよね。もしかしたらお祖母ちゃんにだって会えなかったかもしれないし、そうしたらその後の人生もどうなっていたことやら・・・・・・。」

「だから感謝の意味を込めて何かしたいんだよ。何かないかな。」

「そうねぇ、お菓子の差し入れなんてどう?」

「お菓子?」

「うん、さっきの敬史の話だと今でもおやつに甘いお菓子が出ることってあまりなさそうじゃない。だから、子供たちが喜びそうなお菓子を差し入れてあげるの。」

「お菓子の差し入れかぁ。それなら俺でも出来そうだな。」

「お菓子は子供たちの喜びそうなものをいくつか持って行くの。勿論、衛生面や子供たちの健康に影響が出ないよう十分注意した上でね。特に最近はアレルギーを持ってる子供もいるから、事前にそういった情報を仕入れておいて材料にも細心の注意を払わないといけないわね。」

「俺、お菓子作りについて調べてみるよ。手作りなら好みや材料の調整もしやすいからね。」


それからしばらくの間、敬史は仕事の合間や休日にお菓子作りに励んだ。そして、ある程度お菓子作りになれてきた頃、みどり園の園長に差し入れの話をしにいった。柔和な笑顔を浮かべた園長は敬史の申し出に心底感謝して、何度も何度も礼の言葉を敬史に返した。一ヵ月後、敬史は恵美子と一緒に作りたてのショートケーキを持ってみどり園を訪れた。二人は食堂に集まった子供たちを前にして少し緊張していた。子供たちにはお菓子の差し入れがあるとだけ告げられており、二人には期待と不安が入り混じったような微妙な視線が向けられていた。園長に紹介された後、敬史がケーキの入っているケースの蓋を開けると一気に子供たちの歓声が上がった。その声で緊張がほぐれた二人は子供たちひとりひとりにケーキを配った。中には待ちきれずにすぐに食べ初めて園長に注意される子供もいたが、そのやり取りに場は更に和んだ。全員に配り終わって園長の掛け声が上がると同時に全員が握り締めたフォークをケーキに向けた。今し方、園長から注意された子供はあっという間に平らげてしまい、隣で食べてる子のケーキに熱い視線を注いでいた。その隣の女の子は嬉しそうにちょこっとずつケーキを口に運んでいた。そんな光景を微笑ましく見ていた二人の肩に園長の手が置かれた。


「二人とも、本当にありがとう。みんな本当に嬉しそうだわ。」


こうして始めたお菓子の差し入れは月に一度、”空”の定休日に行われた。最初のうちは敬史が作った菓子を持って施設に通っていたが、お菓子作りにも慣れた敬史は施設のキッチンを借りて、その場で出来立てのお菓子を提供するようになっていった。すると、お菓子を作る敬史の姿を見ていた子供たちが手伝いをしたいと言い始めた。最初は数人の子供たちが手伝うだけだったが、すぐに他の子供たちも手伝うようになり、いつしか敬史と子供たちが一緒になってお菓子を作るイベントのようになっていった。


施設を訪れるのが楽しみになった敬史は、回を重ねるにつれて自分の気持ちが微妙に変わっていくのを感じていた。ある時、いつものように手伝ってくれている子供たちがクリームを顔につけながら楽しそうにしているのをみているうちに、もっと多くの子供たちの笑顔をみたくなって来ていることに気付いた。子供たちがケーキを食べ終わり、自分たちの器を洗い始めた頃、敬史は園長に聞いてみた。


「近隣の施設を紹介してもらうことは出来ますか?」

「紹介?どういうこと?」

「いえ、他の施設にもお菓子を食べてもらえないかなと思って。」

「あら、それはいいことね。だけど大丈夫なの?費用だって馬鹿にならないだろうし、時間だって結構掛かるでしょう?」

「ええ、でも今は月に一回ですから順番に周ればもう二~三ヶ所は行けるだろうし、費用といってもそれほどでもないですから大丈夫ですよ。」

「そう、それなら隣町にあるなぎさ園の園長に話をしてみましょうか。」

「ありがとうございます。」

「きっと、あそこの子供たちも喜ぶわよ。」


こうして敬史は毎週日曜日に近隣の養護施設を周るようになった。いずれの施設でも子供たちは敬史の訪問を心待ちにするようになり、施設の関係者からは何度も何度も感謝の言葉を掛けられるようになった。


ある日、栗田と近くの居酒屋で酒を飲むことになった。酒好きな栗田は、独り身で時間を持て余しているであろう敬史を誘って赤提灯をくぐることが度々あった。この日もこれといった用事があったわけではなかったが、二人は好きなバスケットの話を肴に杯を交わしていた。


「そう言えば敬ちゃん、養護施設に通ってるんだって?」

「あれ、栗田さんどこからそんなネタ仕入れたんです。そのことはあまり人に話していないんだけどなぁ。」

「ふふふ、俺の情報網を甘く見ちゃいかんよ、きみ~。で、何やってるんだい、養護施設に行って。」

「お菓子を作ってあげてるんです。」

「お菓子?そんなの施設で出されるんじゃないの?」

「養護施設って思ったより運営費が少ないそうなんです。だから、毎日のおやつにはあまりコストを掛けられないんです。だから、月に一度くらいは出来立てのお菓子を食べてもらおうかなと思って。」

「へえ、えらいねぇ。」

「だけど、月に一度のペースで行こうとすると四か所しか周れないんですよね。」

「え、なに、毎週通ってるの?それって結構大変なんじゃないか。」

「まあ、僕は独り身だし時間は割りと融通が利くからそんなでもないですよ。」

「ふーん、すごいね、敬ちゃん。俺なんて時間があったらパチンコ行くか飲み屋に行くかくらいだもんな。いや、お恥ずかしい。」

「そんなことないですよ。休みの日に何をするかなんて個人の自由なんですから。でもね、子供たちが僕の行くのを心待ちにしてくれるんです。そして本当に楽しそうにお菓子を食べてくれる。あの姿を見るだけでもやって良かったって思えるんです。」

「楽しそうだねぇ、敬ちゃん。で、今の四ヶ所じゃ満足出来ないんだ?」

「ええ、まあ。でも、無理してやることでもないだろうから、仕方ないかなとは思ってるんですけどね。」

「お菓子ねぇ、まあ、俺には作るなんて芸当は出来ないけど、持って行くだけでいいなら手伝ってもいいよ。」

「え、栗田さんが?」

「おいおい、なんだよそのびっくりした顔は。俺だってたまには人様に親切にしようって気にもなるんだよ。それとも何か誤解してるのかい?」

「いえいえ、そんなことないです。ただ、ちょっとイメージになかったもんだから。」

「悪かったね、どうせ俺にはダーティなイメージしかないよ。やっぱやめようかな配達人は・・・・・・。」

「あ、ちょっと栗田さん、そんなこと言わずに手伝ってくださいよぉ。月に一回でも三ケ月に一回でもいいですから。そうすればその分、喜んでくれる子供が増えるんですから。」

「もう、敬ちゃんも意外とずるいねぇ。そんな風に言われたら手伝わないわけにいかないじゃないか。よーし、今日は敬ちゃんのおごりだ!」

「ええ、そんなぁ・・・・・・。」


その後、何度か施設に通った栗田は敬史に頼まれるでもなく自ら活動を広めようと考えるようになった。そして、バスケットの練習に顔を出してブルズのメンバに話をしてみることにした。ただ、日曜日はブルズの練習日でもあり、チームのメンバがどういう反応をするのか心配な面もあった。栗田は既にチームの主要メンバからは外れ、試合はおろか練習に出ることもほとんどなかった。だからこそ、こういった活動が出来るということも十分にわかっていた。それでもチームのメンバは皆、栗田の話を真剣に聞いてくれた。そして、栗田が月に一~二回、敬史が作ったケーキを持って施設を訪れていることを知ると、メンバのひとりが言葉を上げた。


「栗田さん、ひとりでやるなんてずるいっすよ。こういうことはブルズが一丸となってやらなきゃ。和を重んずるのがブルズのチームカラーだってこと忘れちゃったんですか。」


最後は笑顔を栗田に向けた。


ブルズのメンバは栗田と敬史を交えて話を詰めていった。子供たちのところに行くためには、日曜日の午後にやってる練習を他の時間か他の曜日に移さなければならない。施設に届けるお菓子は三時のおやつになることが大半だったので、移動時間も考慮して練習時間を午前中の早い時間にすることになった。あと、施設にお菓子を届けるために車が必要だったが、メンバの中には運転出来ない者もいた。車を持っているメンバを中心にローテーションを組むことで対応することにした。こうしてブルズの面々による養護施設への訪問は月に四~五回行えるようになった。


ある日、”空”に高木が顔を出した。今日は家族が親戚の家に遊びに行ってしまって誰もいないから、ひとり侘しく食事をする気にもなれず顔を出したといって笑った。敬史が腕によりをかけて作ったカツ煮定食を食べ終えてお茶を飲んで寛いでいるところに敬史が現れた。


「どうでした、今日のカツ煮の味は。」

「いや、相変わらずほっとするいい味だね。妻からは健康のために減量しろといわれているんだけど、ついつい食べ過ぎちゃうよ。あはは。」

「そうですか、美味しく食べてもらえるのは嬉しいですが、次からは量を抑えるようにしないと駄目ですね。」

「おいおい、そりゃ酷だろ。減量は家でするからここでは普通に出してくれよ。」

「あはは、わかりました。それじゃ今まで通りと言うことで。」

「それより、最近、養護施設に通ってるんだって?」

「ええ、まあ・・・・・・。」

「この間、浅野君から話を聞いたけど、かなり頻繁に行ってるみたいじゃないか。仲間も大分増えたらしいし。」

「ええ、そうなんですが・・・・・・。」

「なんだよ、歯切れが悪いな。何か問題でもあるのか?」


少し悩んだ後、敬史は今の状況を高木に聞いてもらおうと思い口を開いた。


「ブルズのみんなが協力してくれて毎週のようにあちこちの施設に通えるようになったのですが、いくつか気になることが出てきてしまって・・・・・・。」

「気になること?どんなことなんだい?」

「お菓子はなるべく僕が作るようにしているのですが、その材料費の一部をみんなにカンパしてもらっています。それに、お菓子を運ぶために車を出してもらっていますが、ガソリン代とかも彼らに負担してもらってしまっています。僕の思いで始めたことなのに、彼らに手伝ってもらうばかりか費用の負担までしてもらって本当にいいんだろうかって考えるようになったんです。」

「何でもっと早く相談してこない!!」


一瞬怒られたのかと思った敬史が視線を高木の顔に向けると、そこにはいたずらがばれて照れ笑いをした少年のような笑顔があった。


「材料はマルイチから格安で提供しよう。それと必要ならお菓子を作る場所や人手も手当てしよう。」

「本当ですか。」

「あと、車はうちの奥さんのを使わないか。彼女が使うのは平日ばかりだから日曜日であれば多分大丈夫だろう。ガソリン代は俺も多少出すが、それより寄付を募ってみたらどうだ?」

「寄付ですか?」

「ああ、君はあまり派手にやりたくないのかも知れないが、この手の活動を長続きさせようと思ったら多くの人の善意を得たほうがいいと思うけどな。」

「善意ですか。でも、集まりますかね?」

「マルイチや”空”や”花”に募金箱を置けば、週一回程度のガソリン代くらい集まるんじゃないか。仲間内で負担しているとあらぬ誤解とかが生じないとも限らないぞ。」

「そうですね。今でもメンバの中には違和感を感じている人がいるかも知れないですしね。」

「まあ、当面は足りない分は僕が負担しても構わないから募金を募ってみないか。」

「そうですね、具体的にどうするか考えて見ます。」

「それから、この件でマルイチの名前を出すつもりは全然ないから、変な気は使わなくていいからな。」

「高木さん、ありがとうございます。」

「その代わり、ひとつだけ条件がある。」

「条件ですか?」

「ああ、毎週、”空”の定食を腹いっぱい食べさせろ。あ、料金は普通に払うけど、大盛り分くらいはサービスしろよ。」

「はい、わかりました。スペシャルボリューム定食を用意します。思う存分食べてください。」


高木の協力を受け、ブルズのメンバもほぼ全員が頻繁に施設に通うようになり、近隣にある養護施設には週に一度か隔週に一度はお菓子を届けられるようになった。募金も山谷はあるものの、活動のことが広まるにつれて徐々に集まるようになっていった。


ある時、敬史がネットで養護施設のことを調べて見ると、全国には同様の施設が五百以上もあることがわかった。それらの施設がどんな状況にあるのかはわからなかったが、どこの施設の子供も不安や寂しい気持ちを胸に抱いて過ごしているのではないかと敬史には思えた。そして、そんな心の重しを一瞬でも軽くすることが出来ないだろうかと考えてみたり、そこまで自分が考えたりするのはいき過ぎなのではないかと感じたりしていた。どうにも自分の気持ちがわからなくなった敬史は、毎週末に食べにくるようになった高木に話をしてみることにした。


「敬史君が個人で子供たちにお菓子を届けることは君自身が決めることだから何ら迷うことはないよな。」

「そうですね。ただ、今は高木さんやマルイチの関係者の皆さん、それとブルズのみんなにも手伝ってもらっているお陰でこれだけの活動が出来ているんですよね。だから僕の気持ちだけで更に活動の枠を広げるのはまずいんじゃないかと思うんです。」

「でも、子供たちのことが気になる。」

「ええ、彼らは普通の子供は抱えない大きな重しを背負っているんです。それを一瞬だけでも軽くしてあげられるのであれば僕はひとりでも多くの子供にお菓子を届けたいんです。」

「そこまでの気持ちがあるのなら出来るところまでやってみたらどうだい。」

「だけど、皆さんに迷惑が掛かるかと思うとどうしても踏ん切れないんです。」

「まあ、善意は強制するものじゃないし、不安定なものだよな。そういう意味では君の杞憂もわからなくもない。だけど、何らかの工夫をすれば今より多くの子供たちにお菓子を届けることが出来るんじゃないかな。」

「工夫ですか?」


翌週、にこやかな笑みを浮かべて高木が”空”を訪れた。敬史が何か良いことでもあったのかと聞いてもニヤニヤするばかりでなかなか話そうとしなかった。食事を終えた頃を見計らってテーブルに行った敬史が工夫のことについて話しをしようとしたところ、高木が先を制すように話し始めた。


「”花”の情報網を使ってボランティアを募ってはどうだろうか。」

「ボランティアですか?」

「ああ、今でもブルズのみんなやマルイチの有志も一種のボランティアだけど、彼らは君の知人が中心でどちらかというと友情によって支えられてる面が強いと思うんだ。」

「そうですね、特にブルズの面々は友情と言うかチームワークで繋がってるような気もします。」

「だけど、活動を更に広げようとするとより多くの人手が必要となる。そうなると僕らの周りにいる人間だけでは限りがある。」

「それでボランティアを募るのですね?」

「ああ。」

「だけど何で”花”の情報網なんですか?」

「”花”の来店客は東京近郊の女性が大半なのは君も知ってるよな。ただ、LINEグループへの登録やツイッターのフォロワーには数多くの地方の女性たちがいる。」

「その彼女たちにボランティアを頼むんですね。」

「彼女たちにはボランティアを頼むと同時にこの話を周りに広めてもらうんだ。そうすることで活動の輪を一気に広げていく。」

「そうか、そうすれば活動のことを知ってくれる人がどんどん増えますね。」

「実際にボランティアをしてくれる人はそんなにいないかも知れない。だけど、彼女たちの大半はポジティブな思考を持っていることがアンケートからわかっているから、情報は確実に彼女たちの周りに広まると思うんだ。」

「そうすればボランティアに興味を持つ人が出る可能性も高くなる。」

「それに、同時に募金の話も広めてもらえば資金面での効果も期待出来るかも知れない。」

「高木さん、その話、姉や浅野さんには?」

「ああ、さっき浅野君に会ったから簡単に伝えておいた。彼も賛成してくれたよ。」

「そうですか、ありがとうございます。」

「だけど、敬史君。この活動を全国に広めていくにあたって一番大事なのは君の気持ちだぞ。君がブレたら活動はあっという間に混乱するぞ。」

「わかってます。皆さんの気持ちを大事にして、ひとりでも多くの子供にお菓子を届け続けます。」


高木を見送りがてら店の外に出た敬史は、西の空に沈む大きな紅い夕陽を見た。そして、遠くから微かに聞こえてくる鐘の音が自分の心の奥底にあるとても大事なものに触れているような感じを受けた。こんな感じを受けたとき、これまでならそれが示す方向も感じることが出来た。ただ、この時はそれが吉兆なのか凶兆なのかがわからなかった。


恵美子や浅野に手伝ってもらってボランティアを募り始めた。”花”のLINEグループはこの時点で五千人以上が登録していたが、どれくらいの反応があるかは予想がつかなかった。それでもメールを送ってから一週間ほどの間に数人の女性が詳しい話を聞きたいと言って”花”を訪れた。活動については以前から”空”のホームページで紹介しており、”花”からもリンクで辿ることが出来ていたので概要は知っているようだった。彼女たちが知りたがったのは、具体的にどう行動すればいいのか、そもそも自分たちに出来るのか、といったことだった。


恵美子から連絡を受けた敬史は彼女たちひとりひとりに連絡を取った。そして、それぞれの居住地に敬史が出向き、施設との調整や最初の訪問を一緒に行った。お菓子は敬史が持参したものを彼女たちが子供たちに配って周った。子供たちが喜ぶ姿を目の当たりにした彼女たちが続けていけそうだと感じるまで敬史は一緒に行動した。そして、彼女たちが続けて行く決心をした時には、その心情などをLINEグループで伝えた。そのメッセージを読んで新たに活動に興味を持つ女性が名乗りを挙げることもあり、ボランティアの輪は徐々に広がっていった。


ボランティアを志願してくるのは東京近郊の女性ばかりだったが、数ヵ月後、秋田地方に住む女性、五十嵐美沙がボランティアを始めてみたいと連絡してきた。敬史は直接秋田の地に赴き美沙と一緒に養護施設を訪れてみることにした。事前に近隣の施設を調べて、美沙の自宅からそれほど離れていない”さくら園”に向かった。しかし、施設で活動の主旨を説明した後に返って来た言葉は意外な内容だった。


「そのお菓子を食べて子供が体調を崩しでもしたら問題ですね。大変ありがたいお話ですがお受けするわけにはいきませんね。」

「市販のお菓子ならどうですか。この施設の近辺にある洋菓子屋さんからケーキを購入して持ってくるのならよいのではないですか。」

「外部の方から食べ物をいただくことは禁止されていますので難しいですね。これは当施設だけでなくこの地方全体で決められたことですので。」


敬史は意外な担当者の言葉に戸惑ったが、地域で定めたルールだとまで言われては引き下がらずを得なかった。仕方なく施設を後にした二人は美沙の車で駅に向かった。車中、敬史は今までに行った数多くの施設ではどこも歓迎してくれた旨を一生懸命伝えようとした。美沙もそのことを疑う節など微塵も見せなかったが、応答する笑顔の中には明らかに一抹の寂しさが感じられた。


東京に戻った敬史は翌週、再度秋田に向かった。あまり気乗りしない美沙を少し強引に誘い出し、別の養護施設に向かった。美沙は戸惑いの表情を浮かべてはいたものの、今回も自分の車を出して目的の施設まで送迎してくれた。施設には予め連絡を入れて簡単な説明もしておいたが、それでも今までとは異なる緊張感を伴う訪問だった。


「という主旨で活動をしています。もしよろしければこちらの”心幸園”にも定期的にお菓子を届けたいと考えています。如何でしょう。」

「とてもありがたいお話ですね。子供たちもきっと大喜びするのが目に浮かびますよ。」


にこやかに受け入れてくれた初老の女性園長は敬史たちの緊張をほぐしてくれた。


「ひとつだけ確認させていただけるかしら。」

「はい、どんなことでしょう。」

「この活動はどの程度継続していただけるのかしら?それとも今回、若しくは数回程度になるのかしら?もし後者なら残念ですがお断りさせていただいた方がよいかと思います。」

「どういうことでしょうか?」

「子供たちはきっと喜ぶと思うのですが、楽しさを知ってしまうとその楽しさがなくなったときの落胆が大きくなります。それでなくても彼らはいろいろと事情を抱えています。出切ることなら子供たちにはこれ以上寂しい思いは極力させたくないと考えているからなんです。」


ずっと黙って聞いていた美沙が背筋を伸ばして園長の目をまっすぐに見つめて告げた。


「毎週という訳にはいきませんが、出来るだけ長く続けたいです。」

「あら、ええと、五十嵐さんでしたよね。あなたみたいなチャーミングな女性が運んできてくれるのですか。そうなると益々子供たちは喜びますね。」


美沙は園長に言われて俯き加減に微かに頬を染めた。敬史は美沙に対して大人しくてか弱そうな印象を持っていたが、そういった面だけでなく芯の強さを併せ持つ女性なのだろうと認識を改めた。


翌週、敬史は土曜日の午後に移動した。今後のことを考慮して、美沙がお菓子を購入する店や予算、それと施設を訪れる時間などを決めておくためだった。そして、翌日の日曜日、子供たちへのプレゼントを持った美沙が”心幸園”を訪れた。横に立つ敬史が心配気に視線を送り、居た堪れなくなって口を出そうとした瞬間、美沙がよく通る素直な響きの第一声を発した。


「皆さん、こんにちは!」

「こんにちは!」


にこやかに挨拶する美沙に子供たちが一斉に答えると、それまで硬い表情だった美沙の面に柔らかい笑みが浮かんできた。そして、美沙が配ったケーキを一生懸命に食べる子供たちに囲まれた美沙は、いつしか満面の笑みを浮かべていた。美沙と子供たちの様子を見守るように見ていた園長と敬史も、すっかり打ち解けた美沙と子供たちに優しい視線を投げ掛けていた。


美沙が一人で活動するようになってから二ヶ月ほどが過ぎた頃、敬史宛てにメッセージが送られてきた。そこには最初に訪れた養護施設に行くことになったと書かれていた。気になった敬史は美沙に電話をして事情を聞くことにした。


「先日、子供たちにケーキを配った後、園長先生とお話してたのですが、その時、”さくら園”のことが話題になったんです。園長先生が仰るにはこの地域にそんな取り決めはないし、そもそも”さくら園”の園長の性格からして断るとは思えないとのことでした。」

「どういうことなんですか?」

「園長先生は何か誤解があったんじゃないかと言ってました。」

「それで美沙さんはもう一度”さくら園”に行ってみるのですか?」

「いえ、実は既にその話を聞いたその日の帰りに”さくら園”に行ってみました。」

「え、随分と積極的ですね。」

「ええ、今思うと我ながらびっくりなんですけどね。何だか妙な勢いがあったみたいです。」

「あはは、美沙さんってもしかして猪突猛進型なんですか?」

「そんなことないと思うんですが・・・・・・。最初に”さくら園”に行った時は右も左もわからず、川島さんに全てをお任せしていましたよね。だからどこでどう誤解されたのか想像がつかなかったんです。だけど、私もこの活動を始めてから少しずつ活動の本質がわかってきたような気がしています。だから、今なら自分の言葉で何かを伝えられるかなと思って・・・・・・。」

「それで、どうだったんですか?」

「連絡もせずに伺ったのですが、たまたま園長さんがいらっしゃって会っていただけたんです。そして、簡単に状況をお話したところ、そんな話は聞いていないと言われました。」

「聞いていない?どういうことなんです?あのとき会った担当の方はいなかったんですか?」

「それが、川島さんと一緒に行ったときに会った担当者は不正を働いて二週間前に退職されたそうなんです。」

「不正?」

「ええ、詳しいことは聞きませんでしたが、いろいろと問題があったようです。それで園長さんが話を詳しく聴きたいということだったので、活動の主旨や心幸園での状況をお伝えしました。」

「園長はどう受け止めたのですか。」

「是非ともお願いしたいと言われました。私一人でやってるのでそうそう頻繁には行けませんが、とりあえず今度の日曜日に行くことになりました。」

「そうですか、それは良かった。美沙さん、ありがとうございます。」


敬史は嬉しかった。衛生面が理由とはいえ、断られたことはもしかしたら自分の行動が軽率だったのではないかと考えたこともあった。だが美沙のお陰で違っていたことが明らかになった。心に引っ掛かっていた不安が取り除かれた気がした。それと、美沙がひとりで頑張ってくれたことも嬉しかった。あんな形で断られた施設に再度足を運ぶのは自分でも及び腰になるだろう。にも関わらず施設を訪れ、きちんと園長に真意を伝えてくれた。美沙への感謝の念が膨らむ敬史だった。


次の日曜日、地元の施設に行くのを栗田に代わってもらって敬史は秋田に向かった。美沙の頑張りに何か少しでも協力したいという強い気持ちが敬史の足を秋田に向けた。駅で美沙に会ったとき、敬史は何だか照れくさくなってしまってまともに美沙の目を見ることが出来なかった。そんな敬史の姿に好感を持った美沙は、敬史に対して優しい微笑みを返した。


その後もボランティア活動の輪は着実に広がっていった。そして、数年後には関東を中心に全国で二十ほどの拠点で活動が行われるようになっていた。活動が広まるにつれ、敬史個人では対応し難い面が出るようになった。そのため、敬史は活動の中心となっているメンバと相談をしてNPO法人を立ち上げることにした。各拠点の活動自体は何ら変わることはなかったが、活動全体の透明性が高まったり、メディア対応がやり易くなるという効果が生まれていった。


こうして順調に軌道に乗った活動に暗雲が漂い始めたのはスタッフの何気ない一言だった。


「ねえ、最近ボランティア活動してるんだって?」

「うん、月に一~二回くらいだけど養護施設にお菓子を運ぶ手伝いしてるの。」

「へえ、それって楽しいの?」

「楽しいよ。子供たちにお菓子を持って行くだけなんだけど、みんな本当に喜んでくれて美味しそうに食べてる姿を見ると何だか心がほっとするの。」

「ふーん、でもボランティアだから当然無償なんでしょう?」

「そりゃそうよ。それにお菓子を運ぶときにかかるガソリン代は自腹だしね。まいっちゃうわよ、なんてね。」

「え、そうなの?それって怪しくないの?」

「あはは、大丈夫だよ。ガソリン代といったってそんな大層なもんじゃないし、本部に請求すれば全額戻ってくるしね。」

「でも自腹なんでしょ?」

「うん、請求するのが面倒くさくって。まあ、大した額じゃないから寄付したと思えばどうってことないわよ。」

「ふーん・・・・・・。」


活動の資金は”花”で始めた募金やマルイチからの援助で賄っていたが、ボランティアスタッフの負担も少なからずあった。そんな負担について冗談半分で知人に伝えたスタッフだったが、その話を聞いた知人の受け止め方は多少異なっていた。そして、疑問符付きでツイッターに流されたひとことが思いの外、事を大きくした。


ある日、敬史たちの活動がマルイチの売名行為だと言うメッセージがインターネット上に流れた。そして、その内容の真偽などお構いなしにそのメッセージを次々と伝えていく者が現れた。ネット上を伝播し始めたメッセージは数日もしないうちに大きなうねりに変わり、内容もいつしかマルイチを糾弾するものになっていた。マルイチでは本社にも店舗にも数多くの電話やメールが寄せられ、スタッフが対応に追われる羽目になった。高木はすぐにメッセージの内容が根も葉もないものである旨をホームページや広告に載せて騒動を治めようとした。しかし、それでもマルイチバッシングは収まらず、遂には三流メディアまでが乗り出してきた。敬史たちは”花”のホームページ上やLINEグループなどで状況説明に追われたが、”花”を支援する女性たちも黙ってはいなかった。彼女たちは”花”のネットワーク上で対策について熱い議論を交わした。議論の中で、以前”花”を取材した雑誌社に正しい報道をしてもらってはどうかという意見も出た。そして、その流れは雑誌社を動かし、報道関係の雑誌担当者がマルイチを訪れ事実確認を行うことになった。しかし、その間もマルイチの悪い評判は止まることを知らず、各店舗の来店者数にも影響が出始めていた。


”花”を支援する女性達による口コミや肯定的な記事を掲載する雑誌の応援が続いた。しかし、今度は仕入先がこの騒動を嫌がって取引を停止するケースまで出始めた。マルイチと一緒になって売名行為をしていると疑われることを恐れたのである。その結果、商品によっては品揃えに悪影響を及ぼし店頭で欠品となってしまう商品が出始めた。更に、騒ぎをネタにしようと三流雑誌は各地のスタッフに直接取材をして、面白おかしく捏造すれすれで記事を掲載した。


マルイチの来店客は減るばかりで一向に回復傾向を示さない。それにつれて売上も日に日に減っていき、騒動がおきてから三ヵ月後には単月赤字にまで落込んだ。高木は赤字になったこともさることながら、顧客の信頼を失うことを恐れていた。騒動は一時的なものでどこかで収束はすると読んでいたが、失った信頼を取り戻すのは容易でないと考えていた。信頼を失ってしまったとき、薄利多売の収益構造を取っているマルイチが持ちこたえられるのか自信がなかった。とにかく何か対策を講じなければならないことはわかっていたが、今の状況はちょっとやそっとこのことでは変えられないとも感じていた。


「どうするべきなのか・・・・・・。」


すると、どこから聞きつけたのか、首都テレビのプロデューサー、平井が養護施設への取材を始めた。そして、何処に行っても聞こえてくる感謝の声に疑問を感じた平井は直接敬史に会ってみることにした。いきなり大手メディアのプロデューサーから連絡があったことに緊張する敬史。更に事態が悪化するのではないかと危惧しつつ、何を言われても事実だけを伝えようと心に決めて取材に応じることにした。厳しい表情と口調で聞いてくる平井に対して敬史は真摯に答えていった。


「素晴らしいじゃないですか!」

「えっ・・・。」

「我々はこちらにお邪魔するまでに十箇所の施設に出向いて取材してきました。ところが、どこの施設に行っても返って来るのは感謝の言葉ばかりです。そして、川島さんから返ってくる答えもとても非難できるようなものではない。一体、どうしてこんな騒動になってしまったんですかね?」

「僕もそこがよくわからないんです。一緒に活動してくれてる人たちは皆さん素敵な人たちです。自分の貴重な時間を費やし、時には多少の自己負担をしながらも子供たちにお菓子を届けてくれています。そして、今回標的になったマルイチ社だって、採算度外視でお菓子の材料を提供してくれていますし、人手やお菓子を作る場所とかも無償で提供してくれています。それなのになんだってあんな中傷が・・・・・・。」

「川島さん、我々に事実を報道させてください。ネットの世界で広まった情報はなかなか消すことが出来ません。ただ、テレビという特性を利用すれば視聴者に事実を届けることは出来る筈です。」

「平井さん、それじゃあなたは僕たちのことを信じてくれるのですか?」

「局に戻ったらすぐにプランを立ててみます。変な噂なんかに負けないで、これからも子供たちを喜ばせてあげてくださいね。」


平井の動きは素早かった。これまでに得た情報をベースに、敬史から得た情報を加えて一時間枠のドキュメンタリー番組として放映した。勿論、番組が主張するのは敬史たちが行ってきた活動の正当性であり、ネットに流れた情報を訂正するものだった。そして、首都テレビの放映をきっかけに事実を正しく報道するマスコミが後に続いた。メディアが肯定するケースが増えるのにあわせるかのように、ネットを流れるメッセージにも肯定的なものが増えていった。マルイチに届くメッセージにもマルイチを応援するという内容のものが増え、客足も徐々に回復していった。そして、これら一連の騒動で活動のことを知った者がボランティアとして活動に加わりたいと名乗りを挙げるケースも出始めた。


数ヵ月後、騒動も落ち着き穏やかな日々が戻って来た頃、敬史は養護施設への訪問について考えていた。敬史は自分が始めた行動は決して否定されるものではないと思っていた。しかし、穿った見方をする人間は必ずいるし、そのことでお世話になった人たちに迷惑を掛けてしまっては何のための行動なのかわからなくなってしまう。今後、どうしていけばいいのか、敬史は悩んでいた。


「姉ちゃん・・・。」

「ん、何?」

「養護施設に通う件なんだけどさ、もっとアピールしてみようかな。」

「アピール?どういうこと?」

「うん、ほら、この活動って一応NPOとしてやってるけど、今までは積極的に周知するでもなくやってきたじゃない。せいぜい”花”のLINEグループを使うくらいで。だけどさ、今回の騒ぎのように活動のことをよく知らずに穿った見方をされるこもあるよね?」

「そうね、確かに今回の騒ぎには参ったわよね。どこでどういう見方をすればあんな風になるのかしら?」

「俺もそのことを考えてみたんだけど、活動の中身を知らないからこそあんな風にとんでもない意見が出てくることもあるんじゃないかな。もしそうなら、俺たちにはこの活動をもっと広く・深く知ってもらえるように努力する責任があるんじゃないかって思えてきてさ。」

「そうね。確かに説明責任はあるかも知れないね。だけど、知らしめることで逆に穿った見方をする人が出てきたりしないかしら。」

「そうなんだよ。そのことを考えるとどっちもどっちかなって思ったりして・・・・・・。」

「うーん、難しいとこね。で、敬史としてはどうしたいの?」

「うん、少なくとも活動の主旨やお金の流れとかは今でも揺らぐ面はないだろうから、もっと知らしめた方がいいと思うんだ。それと、マルイチとか米蔵とか関係する法人の営利活動とは一切関係ないことも明示しないといけないかな。」

「そうね。私たちはそんなこと当たり前と思っているけど、活動そのものを知らない人からすれば企業名が出た時点で何か感じるかも知れないわね。」

「ただ、開示する情報がそれだけでいいのか、それと、どうやって開示するのがいいのか、その辺が全然ピンと来なくてさ。」

「そうだね。開示する情報は最初はそれくらいでいいんじゃない?そもそも情報といったってそれ以外にそんなにあるわけじゃないし。どうやって開示するかは確かに悩みどころね。マルイチとかに関係する媒体を使ったらまずいだろうし、かといって私たちだけで広く知ってもらうのもそう容易いことじゃないしね。」

「そうなんだ。NPOのホームページを作って発信しても見てくれる人はたかが知れてるしね。」

「平井さんに相談してみたら?今回の騒動だって平井さんが報道してくれたから収束に向かったんだし、何かいいアイデアを出してもらえるかも知れないわよ。」

「うん、そうだね。一度会って話をしてみるよ。」


「アピールするといってもいろいろあるよね。」

「ええ、そうなんです。どこまでの情報をどんな人に知ってもらえばいいのか。その辺りが何だかもやもやしていて・・・・・・。」

「あはは、川島君らしくないね。それじゃ僕が感じていることを言ってもいいかい?」

「ええ、是非お願いします。」

「この活動をここまで引っ張ってこれたのは君の人柄だと僕は思ってるんだ。君の人柄に惹かれて周りのみんなが親切心で活動を手助けしてくれている。」

「本当に皆さんには感謝しています。」

「ただ、個々人の親切心に委ねている限り、個々の活動にはばらつきが出てしまう。」

「そうなんです。以前はあまりなかったのですが、最近は施設の方からクレームではないのですが注意を促すような指摘があったりします。」

「そうだろうね。今の活動の仕方ではどうしてもそういうことは起きてしまうよ。」

「だけど、これまではこうやってきましたし、それ以外の方法となるとどうしていけばいいのか・・・・・・。」

「僕はね、活動がここまで大きくなってくると社会性を問われるようになってくると考えているんだ。」

「社会性ですか、何だかよくわかりませんが。」

「確か君たちが訪問している養護施設の数は百ヶ所くらいあったよね。」

「ええ、先月新たに一つ増えてちょうど百ヶ所になりました。」

「全国にある養護施設は確か五百強だから、君たちの活動は日本国内の養護施設の二割に関わることになる。これはかなりのインパクトだと思わないかい。」

「そうですね、そう言われると随分と増えていたんですね。僕も全部を周っているわけではないですし、正直なところあまり実感がないんですけどね。」

「しかし、訪問される側や未だ訪問されていない施設ではそれぞれ感じるところがあるんじゃないかな。」

「今までは訪問していない施設がどういう風に感じているかなんて考えたことなかったです。」

「活動の内容を、その質やレベルややり方などを明確にするのもひとつの方法かも知れないね。」

「マニュアル化するという事ですか?」

「マニュアルという形式を取るのか、各メンバへの意識を統一する方法を取るのか、それは君たちが決めていくことだよ。ただ、何ら具体的な指針が無い中、各メンバの裁量に任すのはちょっとリスキーだとは思うな。」


敬史は平井の指摘を受けて、改めてNPOとしての活動を見直すことにした。そして、最初に決めたのは自分が総責任者として活動全体を把握できるような体制を構築することだった。地域毎に配置しているスタッフの役割を細かく定め、今までのように施設での行動をメンバ個々人に委ねるのではなく、きちんと彼らの行動を捉えられるようにしたのである。そして、丼だった勘定も各地域毎に詳細まで管理し、個々のメンバにかかる負担・負荷もきちんと把握できるようにした。更に施設に対する説明でもそのサービス内容がきちんとわかるような資料を作成し、それに沿って日々の活動が行われるよう各地域のスタッフに指示を出した。


今まで以上にNPOとしての活動に関わることが増えた敬史だったが、”空”への関与をなるべく減らさないことにも細心の注意を払っていた。敬史がNPOとしての活動を増やすことで”空”に悪影響を及ぼしては本末転倒であると考えたからだった。その結果、敬史は目まぐるしい毎日を過ごさなければならなかった。ある日、敬史は助言を貰ったことへのお礼を伝えに平井のいる首都テレビを訪れた。


「へえ、随分と思い切ったね。だけど、”空”と二足の草鞋だと大変なんじゃないの?」

「ええ、時間がいくらあっても足りないっていう言葉を痛感しています。」

「あはは、そりゃそうだよ。だけど、君がアップアップになったらそれこそ色んなところで支障が生じてしまうよね。」

「ええ、その点は僕も気になっているんです。このままの状況が続いたらどこかでまずいことが起きてしまうんじゃないかって。」

「で、何か策はあるの?」

「いえ、今のところまだこれといって妙案が無くて・・・・・・。でも、何とか考えてみます。それが私の役目だと思いますから。」

「そうだね。大分、NPO法人の総責任者が板についてきたんじゃない。」

「あはは、からかわないでくださいよ。」

「ところで、自治体とはどんな風にやってるの?」

「自治体ですか?特に何もしてませんけど。」

「ふーん、そうなんだ。でもほら、養護施設自体は国の管轄下だろ?そもそも君たちがやってることだって国がもっとしっかりしていれば君たちも他の面で支援することだって出来るはずだよね。」

「言われてみればそうですね。」

「民間がこれだけ頑張っているんだから、国や地方自治体だってもっと頑張るべきなんじゃないかな。」


平井との会話を思い出しながら、敬史は自治体に働き掛けることについて考えてみた。敬史たちの活動はそもそも国が行うべきじゃないかと平井は言ったが、敬史はそのことについて今まで考えたこともなかった。更に、仮に自治体に話を持っていくにしても、敬史のスタンスが明確になっていなければ交渉の焦点が定まらないと感じた。しかし、これまでに行ってきた活動に自治体にどのように協力してもらうのがよいのか、なかなか妙案が浮かんでこなかった。仕方なく、敬史は直接自治体の関係者に会って話をしてみることにした。


敬史は自分たちが住む地元の市長宛に活動のことで話を聞いて欲しい旨の手紙を送ってみた。地元にはマルイチの本社があり、売名行為だというデマが流れたこともあり、活動自体は割りと広く認識されていると考えたからだった。しかし、手紙を出してから一週間が過ぎても市長かの反応はなかった。市役所に電話を掛けて問い合わせてみると、調べてから連絡する旨の素っ気無い回答が返ってきた。そして、更に一週間が過ぎてから敬史の基に一通の封書が届いた。中にはA4版のコピー用紙が一枚入っていた。


”貴殿の御活動は大変素晴らしいものであり、我々、市民の皆様の生活を守っていく立場にいる者にとっては見習うべき点が多々あります。今後は貴殿の活動を多いに参考とさせていただき、益々、精進していく所存でございます。皆様の御活動がこれからも充実したものになりますよう、心から応援させていただきます。”


市長名で書かれた文章を読んで敬史は戸惑った。市長と直接話すことは無理としても、市の担当者と話し合いの場を持つこともなく一通の封書で済まそうとする対応の仕方がしっくりこなかった。試しに他のいくつかの市町村長宛に同様の手紙を送ってみたが、どの自治体も似たり寄ったりの対応だった。結局、自治体としては敬史たちの活動を否定することはしないが、積極的に支援することには抵抗があるのだろうと敬史は受け止めた。


「ふーん、そうなんだ。あんな騒ぎがあったらか自治体としても警戒しているのかな。」

「とにかく、話し合いの場を持つことも出来ないので、何とも判断のしようがないんです。」

「ちょっとずるい方法かもしれないけど、うちで取り上げてみようか?そうすれば話し合いくらいは受け入れてくれるんじゃないかな。」

「平井さん、お気遣いありがとうございます。ただ、今回の件は相手が自治体とは言え、基本的には善意の延長で動いてもらいたいんです。今、首都テレビさんに協力してもらうと、その辺りが曖昧になってしまわないですかね。」

「うーん、確かにそうだね。だけど、対話の場を持つことも出来ないとなかなか進展しないんじゃないの?」

「そうなんですよね。何とか直に話すことが出来れば向うの真意もわかると思うのですが・・・・・・。」


ある日、美沙と話をしている時に、自治体が交渉どころか話をする機会も持ってくれないと伝えたところ、数日後に美沙から連絡が入った。美沙が心幸園を訪れた際に先日の敬史との会話を園長に伝えたところ、園長が県知事と知り合いであることがわかり、県知事に紹介しても良いと言ってくれたとメールに書かれていた。敬史はすぐに美沙に電話をして確認した後、心幸園の園長に連絡を取って県知事に紹介してもらいたい旨を伝えた。


知事の計らいで県庁の応接室に通された敬史と美沙は緊張した面持ちで知事が来るのを待った。五分ほど遅れて部屋に入ってきた宝田知事は敬史より五歳ほど若く、溌剌とした雰囲気を醸し出していた。敬史は宝田の第一印象に期待を持って交渉に臨んだ。宝田はスケジュールが過密であまり時間を取れないとのことだったので、敬史は活動の主旨や現在の状況を簡潔に説明した。そして、最後にこれからは自治体と協力しながら更に活動を充実させていきたい旨を伝えた。終始にこやかな笑みを浮かべて聞いていた宝田は、敬史の話が終わると二人に向かって感謝の言葉を述べた。多少大袈裟な表現は二人に若干の不安を与えたが、敬史は政治家故のものだろうと捉え、次に続く言葉を待った。ところが、その口から発せられた言葉は二人の予想を裏切る内容だった。


「あなた方の活動はとても素晴らしいものです。ただ、県としてお手伝いするにはあまりにも微妙な問題です。いずれは県としても取り上げなければいけない問題だと思いますが、今すぐに何か行動を起こすというのは難しいと思います。」

「何故、今すぐにことを起こせないのですか?」

「おっと、もう時間がない。大変申し訳ありませんが、その点については後日、担当者から連絡させていただきます。遠いところお越しいただいたのにご期待に沿えず大変申し訳ないです。」


席を外すときには柔和な笑顔を浮かべていたが、敬史には目が笑っていないように感じられた。


期待はずれな結果になってしまって気落ちしている敬史を慮ったのか、美沙は心幸園の園長に会いに行こうと敬史を誘った。敬史はあまり気乗りしなかったが、美沙が運転する車の助手席で宝田の言葉を反芻していた。


「へえ、宝田君がそんな風に言いましたか。ちょっと意外ですね。」

「どういうことですか?」

「彼は私が知っている中では数少ない正義感の持ち主です。信じられないかもしれませんが、自分の利益よりも県民の幸せを優先する、そんな性格の持ち主だと思ってます。」

「それで意外ということなんですね。」

「ええ、近いうちに彼に会って真意を図ってみましょうか。」

「え、園長にそんなことまでしていただくなんて申し訳ないです。」

「いいのよ。あたしはね、あなた方が子供たちに笑顔を届けてくれることにとても感謝しているの。そのことに報いることが出来るのであればこれくらいのこと何とも無いわよ。」


その後、園長が宝田に連絡を取って真意を聞きだしてくれた。宝田が言うには、この問題は国と地方自治体との間で駆け引きに使われるようになっているらしく、下手に手を出すと県に不利益な状況を作りかねない。いくら敬史たちの活動が素晴らしくとも、県民が不利益を被ってしまっては本末転倒だというのが宝田の考えだった。


国と地方自治体の間でこの活動が取り沙汰されているとは敬史には予想外の答えだった。それでも敬史は何かしっくりこない感じを拭い去ることが出来なかった。宝田の立場上、県民に不利益なことを避けたいという気持ちは理解できる。しかし、養護園にいる子供たちも県民のひとりではないのか。しかも彼らは普通に暮す子供たちに比べてより厳しい環境下に置かれている。大勢の県民のために養護園にいる子供たちに手を差し延べることを控えるというのはそう簡単に答えを出せるものではないとも思えた。とても難しい問題ではあったが、敬史は再度宝田に会って話をしてみたいと思った。再度、心幸園の園長に事情を話して宝田と話す機会を設けてもらうことになった。園長はオフレコで話すべきと考え、宝田に無理を言って、数少ない宝田の休みにあわせて心幸園で場を設けた。


「今回の判断は私としてもとても心苦しいものがあります。ただ、この仕事は百パーセントというケースはほとんどありません。特に今回のように国や他の自治体が絡んでくると尚更です。」

「宝田さん、確かに仰る通りです。ですが、養護園にいる子供たちもこの県の住民です。百パーセントとは言いませんが、彼らにも手を差し延べることが出来ませんか。」

「川島さん、何故あなたはそこまでの思いをこの活動に注げるのですか?これまでにやってこられた活動だけでも十二分に評価されるものだと思いますが。それとも他に何か期するところでもあるのですか?」

「私は、ただ単に子供たちに少しでも笑顔を浮かべて欲しいと思っているだけです。それ以外には何ら他意はありません。」

「だったら、今の活動でも十分なんじゃありませんか。我々としてもいつまでもこのままとは思っていません。多少時間は掛かるでしょうが、引き続き、国や他の地方自治体との連携も模索していきますから。」

「宝田さん、私は子供の頃、一時期でしたが養護園にお世話になったことがあります。」

「えっ。」

「母が育児放棄をして姉と二人で施設に入りました。幸い、祖母が引き取ってくれたのでそれほど長い期間ではありませんでしたが・・・・・・。」

「そうだったのですか。」

「それで、その時のことがきっかけでこの活動を始めました。幸いにも心優しい人たちに恵まれたお陰でここまでの規模にすることは出来ましたが、まだまだ出向いていけない施設が数多くあります。そういった施設にいる子供たちに笑顔を届けるためには、宝田さん、あなた方の協力が是非とも必要なんです。」

「川島さん・・・・・・。」

「宝田さん、彼らは我々大人が考えている以上に心に負い目とか寂しさといった感情を多く抱えています。そういった負の重しを一時的であれ取り除いてあげるのは我々大人の役目だとは思いませんか。」


三人が話す部屋に美沙が入ってきて告げた。


「さあ皆さん、子供たちのおやつの時間ですよ。食堂に集まってください。」


三人が食堂に入ると子供たちが口々に”遅~い”とか”早く~”といった声を挙げた。美沙の”いただきます”の一言で一斉にケーキに取り組む子供たちの様子を見ていた宝田は苦笑いをしながら敬史と園長に告げた。


「上手く作戦に嵌められてしまったようですね。この笑顔に対抗出来るほど私は鬼ではないですよ。」


そう言うと宝田は目の前にあったケーキをあっという間に平らげ、その様子を見ていた子供たちに笑いかけた。


活動に参画することを決めた宝田の行動はとても早かった。敬史たちと心幸園を訪れた次の日に検討部会を立ち上げ、一週間以内に基本的な活動方針を策定するよう指示を出した。その素早さに敬史は当初面食らったが、すぐに宝田のペースに巻き込まれ、気がついたらいつしか一緒のペースで行動している自分に気が付いて思わず苦笑した。


敬史たちの活動はボランティアとして行動してくれる個々人の思いの強さや性格で内容が左右されがちであった。宝田は、その点に着目して役所が得意とする管理面を中心に支援していく方針を掲げた。敬史たちが養護園にいる子供たちにお菓子を持っていくことは、ある種のサービス供与だと考え、そのサービスレベルを平準化することで協力しようと考えたのだった。宝田は県内の市町村長に掛け合い、それぞれの役所に事務局を常設することも提案した。敬史たちのスタッフが常駐することは出来ないが、不在の時には各役所で取次ぎをすることで各施設との調整やスタッフ間のコミュニケーション、市民との連携などがスムースに運べるとの思いだった。


一方、敬史は宝田が進めてくれるこれらの提案にきちんと答えられるよう、美沙を始めとしたスタッフ達と頻繁に連絡を取り、各市町村との間での認識違いやすれ違いを起こさないよう注意した。


宝田の協力が軌道に乗り始めた頃、平井から敬史に連絡が入った。自治体初の試みとして夕方に放映している全国版のニュース番組で取り上げるとのことだった。マルイチの売名行為を否定する報道となったドキュメンタリーを受けた形にして、三回シリーズで放映されたこのコーナーは他のマスメディアでも興味を持ち、報道後、敬史や宝田のところに取材の依頼が届くようになった。


この頃、宝田は県への影響を懸念していた。先日も厚生労働省の担当者から電話があった際、あまり目立つことはしない方がいいのではないかといったことを遠回しに指摘された。また、来月の東北県知事連絡会の議題に児童養護施設への補助・支援に関するものが取り上げられる可能性があるといった噂も伝わってきている。今回の一連の行動を良しとしない関係者が何かことを起こすのではないかという不安が徐々に膨らんできていた。


ところが、首都テレビの報道に続いてあちこちのマスメディアが宝田の行動を肯定するような報道をしたせいか、県に不利益を被らせるような事態には至らなかった。そればかりか、県民との会話が出来る場に赴くと賛同する意見が多数出され、批判的な少数意見を凌駕し、自分も何か手伝いたいと言う者もかなりの数に上った。宝田は不安と期待の中で進めてきた自分の判断にやっとの思いで確信を持つことが出来た。


この一連の行動は思いも掛けず他の自治体にも波及し始めた。それまでは総論賛成核論反対の姿勢を示していた自治体が、徐々に敬史たちに歩み寄ってくるようになった。そのきっかけは市民からの提言であったり、知事などの重責を担う者からの指示であったり、中には市役所の一担当者が直接敬史に連絡してくることもあった。そして、いずれのケースも自治体側の反応は良好で、宝田の行動を追うような形で次々と協調体制を構築することが出来た。


こうして地方自治体との連携が軌道に乗ったことで敬史たちの活動範囲は更に拡大していった。そして、二年後には対象となる施設も全国の半分程度となり、そのほとんどの自治体と連携出来るようになっていた。NPO法人の運営の要となる事務局は一年前から浅野が担当するようになっていた。活動対象の施設が増えたことに加えて地方自治体との連携も図らねばならず、”空”にも時間を割かなければいけない敬史では十分に活動することが出来なくなってしまった為であった。また、活動が拡大したことを受けて全国各地をいくつかのブロックに分け、各ブロック毎の担当者を専任で配置することも出来るようになった。活動の知名度が広まることで個人を中心とした寄付に企業などが加わるようになり、運営資金を手当て出来るようになったのである。


敬史が一人で始めた養護施設への支援は、人と人のつながりを糧にしていつしか大きな大きな輪になっていた。

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