姉十三歳、弟十一歳

祖母との生活は質素なものだったが、母とは違う柔和な性格の祖母のおかげか、恵美子たち姉弟は徐々に生来の明るさを取り戻し始めた。家の周りにはまだまだ自然が多く残っていたこともあり、二人は友たちと野山を駆け巡り、元気に小学校生活を楽しむことが出来た。


ある時、敬史が何気なく恵美子に言った。

「僕ね、時々、聞こえてくる音でその後に起きる出来事の結果がわかる時があるんだ。」

「何それ?漫画か何かの話?」

「そうじゃないよ。音が聞こえて来たときにね、その音が楽しそうに聞こえるとその後に楽しいことが起きるんだ。音が悲しそうだったり寂しそうだったりすると、その後に悲しいことや寂しいことが起きるんだよ。」

「へえ、面白いね。何だか超能力みたいだね。だけど、本当なの?たまたま偶然が重なったとか、気のせいとかじゃないの?」

「うーん、そう言われると少し自信がないんだけど、ただ、”あっ、この音、楽しいな”って感じは確かにするんだよね。」

「ふーん、それじゃぁ、今度そういう音が聞こえたら教えてよ。あ、でも、楽しい音だけでいいや。悲しいのとか、寂しいのとかは出来るだけ知りたくないもんね。」

「わかった、それじゃぁ今度楽しそうな音が聞こえたら教えてあげるね。」


その後、数週間たったある日、敬史が

「お姉ちゃん、今朝、おばあちゃんが朝食を作ってる時の音、何だか楽しそうだったよ。」

「え、それじゃこの後何か良いことがあるんだ。やったね、何か楽しみだな。」

「それとね、その時、匂いを感じたわけじゃないんだけど、甘い感じもしたんだ。だから、もしかしたら何か甘いもので楽しいことが起きるのかもしれない。」

「え~、匂いがしたわけでもないのに甘さがわかるの?それって何だか胡散臭いなぁ。」

「う~ん、確かに変だよね。だけど、この感覚は言葉で表すと変なんだけど、頭の中には”甘い”という感じが伝わってくるんだよ。」


この時は、夕方、学校から帰ったら大好きな苺のショートケーキがおやつに買ってあった。普段、質素な生活をしていて、おやつと言えば祖母手作りのプリンとかがあれば良い方で、ケーキを買ってくることなどは滅多になかった。そのせいもあって、”敬史に音から未来を予測する能力があるらしい”ことを信じる気になった恵美子だった。


恵美子は中学校に入学する頃、施設にいた時に起きた事件のことを夢に見た。夢の中では恵美子が麗を突き落とし、溺れていくさまを上から見下ろしていた。そして、後ろに立っているのは十一歳の敬史であり、その顔には何とも嫌な笑みが浮かんでいた。


この夢を契機に恵美子の心の内の闇はどんどんと広がっていった。そして、恵美子はその闇と戦うかの如く、不良と呼ばれる生徒たちとの交流を広めていった。最初のうちは授業をさぼったり、煙草を吸ったりする程度であったが、心の闇はなかなか取り除くことが出来なかった。


ある日、夕飯を終えて部屋で音楽を聴いていた時、敬史が悲しそうな顔で恵美子に言った。

「姉ちゃん、何だか悲しい音がするよ。」

「何それ、私の身に何か悲しいことが起きるとでも言うの?悲しいことや寂しいことは言わないでって言ったでしょ。」

敬史はそれ以上何も言わなかった。


敬史の警告が気にはなったが、無意識のうちに心のバランスを取ろうとしているのか、自分で自分を抑えることが出来ず、恵美子は更に悪さを重ねていった。そして、ある時、悪友と一緒にコンビニで万引きをして補導されてしまったのである。初犯と言うことで注意だけで済んだものの、祖母と一緒に家に帰ってきた恵美子は、敬史とは目をあわせようともしなかった。そして、その日を境にして、ひとつしかない子供部屋の片隅で、敬史に背を向けたまま過ごす様になっていった。

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