第二部 パッションとミッション後編

夏の眩しい陽射しの日だった。老若男女合わせて50人を超える人たちが呼び出され、その時を待っていた。


まずは年少組から呼ばれ、親兄弟やオセ(年配や技量等に優れる者)が教えたことが悪いとされ「これからは仏様を拝みます」と、言った者から6~7人がぐずりながらも帰された。

次に老人に、今際いまわの際に言い残すことは無いかと聞いて思わず「南無阿弥陀佛」と言った者が帰された。


日も高くなった頃、女性たちはお堂に案内され、舟で小さな島へ連れて行かれた者たちは処刑が執り行われた。

今回、天領倉敷から来た人物は色仕掛どころか清廉潔白を地で行く人物で、それだけに首を差し出さねば、自身もろとも備前の役人たちの首が飛ぶという状況だったのだ。


首を切る役人も地元の出身で、閑谷学校に通う前は一緒に遊んだような者も居る。

見知った顔のうち、一人にはこう言った。

おんしお主おんなし同じとこ行くけえのからな。天国か?極楽か?」

決まっとろうが決まってるだろ、うそついたもんと人斬ったもんはいっぺん、地獄に行くんじゃ。南無阿弥陀佛」


その日、最も素早く、正確な一撃を受けた顔は対照的に、にっかりと笑っていた。


最後に、女性たちがお堂へ一人ずつ入る。

眩しい陽射しから暗いお堂へ手を引かれ、上りがまちに腰をかけて、三和土たたきに履物を置いて、足を洗って拭ってから奥へと進むよう促される。

ほしたらそれじゃ、偉い人に失礼にならんように説明するけえから。」

「音たてたらいけんから、静かに奥の突き当りまで行って、仏様にするみてえみたいに拝む。ほんならそうしたならばんで良し。言われる。」


女性は何をされるかわからない恐怖にただこくこくとうなずく。


ほんでそれで、右手に進んで呼び出しの駄賃をもろうたら去ぬりゃ帰ればええ。」


奥へと進み、突き当りの偉い人に手を合わせ、黙礼。

んで良し。」

右手へ進んで、もう一人の役人に

「あちい折に呼び出してすまんの。精々励みなされ。」

と、現金げんぎんと最新の農機具である六つ目(備中鍬)を貰って、あらたしい履物に履き替えて、狐につままれたようになって帰って行った。


どうしても伴侶と運命を共にすると言う者、幸か不幸かからくりに気付いてしまった数人を除き、女性も半分以上が無事に、それどころかお土産を手に家路についた。


その夜、倉敷の役人と備前の偉い役人とがこう話した。

「ご覧の通り、彼奴きゃつら、キリシタンから踏み絵を尻に敷き、足を拭って、某の後ろにある仏様を拝んで帰りましたぞ。」

「ふむ、あいわかった。しかし、駄賃まではやり過ぎでないかの?」

「親鸞聖人の教えに悪人正機説というものがあり申す。人間じんかんの者、等しく悪人ならば、キリシタンから御仏のお導きに救われた者こそ、阿弥陀仏のお力で良く生きようものでしょう。」

「物は言い様じゃな。備前の者はまっこと度し難い。」

と、備前に来てから初めて表情を崩したように見えた。


「なれど、そのやり方、肝に銘じておこう。お上への報告はわしが見たままのことを書く。安心なされよ。」


かくして、どうしても信仰を捨てきれなかった者、南蛮貿易で不法に財を成した者、海賊行為を咎められた者、そして、伴侶と最期を共にした者。

別件での処罰も合わせ、合わせて二十ほどの首がキリシタン殉教者としてお上に差し出されることとなった。


処刑がなされた島は「首切島」と名付けられ、歴史の闇に埋もれさせるようなことは決してなかった。


こうして、備前の地ならびに後の岡山藩へと蒔かれた種が世界史上に類を見ない農民蜂起であるへと歴史を紡ぐ。

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