彼女が大切な人達を忘れられないなら、私も同じになれば良いと思った。

 親とはぐれた子供を見付けられて良かった。彼女が無事で良かった。小火だったのが不幸中の幸いだった。

 そんなのは、結果論だ。

 甘かった。私の想定は、本当に甘かった。

 彼女の一番になるために、年単位の時間を掛けるつもりだった。人の心が、気持ちが、そんな簡単に手に入るとは思っていなかったから。

 だけど。彼女は、必要とあらばその身を犠牲にしてでも、トラウマを振り切ってでも、他人を助けようとするのだと知ってしまった。

 火事が起きた時。私は彼女を支え、頼られる存在になる様に動いた。彼女は錯乱していたし、気を持ち直した後も怯えていたから。そのまま外まで避難出来ていたら、何も問題は無かったのに。


 ――一番、大切だって思ってる。

「……陽葵さんの、嘘吐き。」


 彼女は本当に、肝心な事ばかりで嘘を吐く。私が一番だなんて嘘だ。だって、本当に私が彼女の一番だって言うのなら。


 ――ねえ。私、幸せになれたよ。

「……何それ。もう会えないみたいじゃん。」


 どうして、自分から危ない目に遭おうとするの? どうして、私を置いて行ったの? どうしてあの時、そんな事を言ったの?

 失う辛さを知っている癖に。私が彼女を失う辛さは考えてくれない。想像するだけで、私はこんなにも胸が張り裂けそうなのに。

 小火くらいで大袈裟? じゃあ、次は?

 燃え盛る建物に残された人が居るのなら。海やプールで溺れ掛けている人が居るのなら。目の前で車に轢かれそうな人が居るのなら。

 彼女は必ず助けに行く。その結果、代わりに自分が死んでしまうとしても。

 何故かなんて、そんなのは少し考えれば分かる。彼女は自分が嫌いだ。自分を人殺しだと思い込んでいる。

 だから、自分が生きている事自体がおかしいのだとでも考えているのだろう。いつ死んでしまっても構わないとでも思っているのだろう。自分で勝手に背負った罪を、自分で勝手に償おうとして、いつかは自分勝手に死ぬつもりなんだ。

 結局の所、彼女は亡くなった家族が一番大切で。私はそれを追い越すどころか、追い付けてさえいないんだ。だから彼女は、私の大切な人を殺そうとする。

 時間を掛けている場合ではなくなった。悠長に計画を練っている間に彼女を失うわけにはいかない。

 買っておいた小さめの白いポリタンクに目を遣る。既に中身は入っている。


「むかつく。結果良ければ? 何それ。」


 むかつく。物事には根っこの部分があるとか言ってた癖に。結果が悪い時は自分の所為にする癖に。

 ポリタンクの近くに点火棒とヒマワリのヘアゴムを置いて、スマートフォンを構える。撮った写真を、すぐに彼女へと送り付けた。

 これからするのは、最低の一手だ。結果が良ければ、それで良いんだろう? 私だってそうだ。だから過程の良し悪しは気にしない。気に掛けていられない。

 最早手段を選ぶつもりは無い。彼女の事を思い遣る気も無い。強引だろうが何だろうが、知った事か。道筋なんか関係無い。彼女の心へ、一直線に突き進む。

 やはり難しく考えるよりも、我武者羅に突っ走る方が私には合っているみたいだ。やるべき事はとてもシンプル。その結果も極端に、そして明白に出るだろう。


「覚悟、してください。私はもう、とっくに出来てる。」


 亡くなっている人に追い付けないのなら、どうするか。簡単な話だ、同じ道筋を最短で辿れば良い。そこは既に拓かれているのだから。

 彼女が大切な人達を忘れられないなら、私も同じになれば良いと思った。

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